<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ウジさん
性別:男
年齢:58
プロフィール:離れた実家で暮らす88歳になる父は、実家近くに住み何かと面倒を見てくれている兄をことさらに良く思っています。
「ああ、ウジさんか? 今、ちょっといいか?」
今日も父(88)からの電話です。
このところ毎週のように電話があります。
雨が降った、花が咲いた、とよもやま話もそこそこに、「ところで、こないだの件なんだが......」と切り出してきます。
昨年ごろから、杖を頼りに歩くようになり、自分の体力にすっかり自信を失った父は、遺言を書き始めました。
元銀行に勤めていた父は、そこそこの資産もあるのですが、なんといっても大きいのは首都圏に求めた自宅の土地です。
「......大した財産もないから、分けてやれるものもそうはないよ。預貯金は兄弟半々にしようと思うんだ。ただ、ちょっと悩んでるんだが......」
ほらきた! 兄弟公平にみたいな話をしながら、いつも自宅の相続のところで歯切れが悪くなります。
私は大学進学でいわゆる「都落ち」してしまい、地方の大学からそのまま公務員になる道を選びました。
兄(61)が家にいることもあり、次男坊の気楽さで実家を離れて暮らすことを決め、そのまま所帯をもって暮らしています。
兄は、実家の近くの企業を選んで就職し、職場結婚の義姉(54)とともに実家にほど近いマンションを購入して暮らしています。
両親が年を取って、何かと自由が利かなくなるようになってからは、兄夫婦がその都度面倒を見てくれていました。
離れた住まいで暮らす身の上から、そうした兄の対応はとてもありがたく感じていました。
しかし、どうやらそうした経緯から父は兄への信頼を特に厚くし、私は「家を出ていった不肖の息子」というレッテルが貼られたようです。
「自宅も手放して分けられるといいんだが、そうそう買い手が付くもんでもないし、できれば我が家として残したくもあるしなあ......」
つまりは自宅はそのままどちらかに譲りたい、どちらかと言っても行先は自ずから、と言いたいのでしょう。
「......お前は、若いころから1人で道を切り開いて、そこに根を張ってるわけだろ? 今更この家を、と言われても困るだろう?」
はっきり自宅を兄に、と父が口にしないのは、私の方から「家は兄貴に」と言わせたいからです。
「......そう言われても困るよ、小さな額の話じゃないしね」
「俺がお前を家から出したわけじゃないぞ。お前が自分で決めてそこに行ったんだろう」
私が反論すると、語気を強めてきます。
「何だよ、それ。別に家を捨てたつもりはないよ」
「ああ、分かった、分かった。ま、よく考えてみてくれよ」
そう言って父は電話を切ってしまいました。
家を巡って兄と「骨肉の争い」をやりたいわけではありません。
ただ「家に残った者に家を譲るのは当たり前、分けるのはそのほかの部分だぞ」と、押し付けてくる雰囲気に、モヤモヤしているのです。
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