前回の記事:迷ったものは一度使ってから...物と向き合って日常に変化
週に1度母が住む老人ホームに面会に行きます。
顔を見た瞬間に口から堰を切ったように不平不満、悪口が溢れでてきます。それが私の神経を逆撫でしていき、傍にいるのさえ嫌になります。こういう場合は、子として耐えなければならないのでしょうが、私にはできません。
母が悪口を言い始め、我慢の限界に達したら「職場に戻るから」と言って、「もう少しおって」という母の声を背中に聞きながらホームを出てしまいます。
その時、いつも渡されるのがたどたどしい文字が詰まった便箋の束。
日に1枚。多い時には2枚くらい書いていると思われます。自分の望み通りに話を聞いてくれない娘に対し、母はその日の出来事や、体調、心情を綴っているようです。手紙というよりは、備忘録でしょうか。
1枚読んでみましたが、こちらの具合が悪くなりそうなネガティブな内容。母には申し訳ないのですが、毎回読まずに捨てています。
受け取る時には、「悪口を書かないで」とか「いいこと書いて」だとかは一切言わないようにしています。「読んで欲しい」という母に「分かった」とだけ伝えています。
誰にも読まれない文章。けれど、書くことで退屈だというホームの暮らしのメリハリにもなっているのでしょうし、書いている時に気持ちは紙に向かって夢中になっていると思うのです。母の思いの良し悪しや内容は別にして、心を貝にして悪口を聞いてあげるよりも双方の為にはいいのではないかと思っています。
先日、ホームを尋ねた時に、相変わらずの不平不満の話の内容に、イライラが募ってきました。傍にいた施設相談員さんが「娘さん来てくれていいね」と言っても、「そやけど、すぐに帰ってしまうねん」と母。
その時、職員さんが「先日、習字をしまして、お母さんが書かれた書はこちらです」と案内してくださいました。そこには、「令和」とかかれた書を見せるようにして笑顔で収められた母の写真がありました。
「私、字がへたやさかいに」。確かに上手とは言えませんが、力強い文字に見えました。「いや、なんのなんの、若い時より、上手やん」というと「いやぁ、ほんまぁ」とはしゃいだ声が返ってきました。「ほらな、こうやって話をしたら、娘さんも長いこといてくれるで」と相談員さん。母と二人で「ほんまやなぁ」と笑い声が漏れました。
受け取って欲しい思いを相手に押し付けている母娘。それが、ちょっとした言葉で雰囲気が変わり気持ちが穏やかになっていくんだと思いました。
母がホームでの暮らしを積極的に楽しいものにしていく。そんな理想を期待はしませんが、できればペンを筆に持ち替えて自分の感情を書に表して欲しいなと思います。母が楽しそうに何かに熱中する姿。そういう姿を見てみたい気がします。こんどの面会には「今週のお習字は?」と声をかけてみようかしら。
いつか便箋ではなく作品を受け取れることを願ってやみません。
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