前回の記事:長年苦しんだ母からの依存。「ノー」を言っていいと教えてくれたのは息子でした
ネガティブは人生の転機。人に期待せず自分に期待する
不満や愚痴の多かった母。いつも誰かのせいにしていました。
それを聞かされ続けてたどりついた答えは、他人や環境はコントロールできないけれど自分はコントロールできるということです。
生きていれば、災難に見舞われたり、裏切られたりすることもあるでしょう。そこで、ネガティブな感情をひとしきりあじわったなら、気持ちを切り替え、スタートを切ればいい。過去は変えることはできないけれど、未来は自分の力で変えられるのです。
(現に私は自分の人生のネガティブなことがきっかけで、新しい人生が開けています。)
人に期待し応えてもらうと、感謝ではなく、これくらいしてくれても...という要求が当たり前となります。期待に応えてもらえると応えてもらった分以上に、要求がもっと過剰になってしまうのです。
母の期待が重かった私は人に期待をしません。期待するなら自分に、そして自分の将来に期待をしたいと考えるようになりました。人に期待をすることは、幸せを他人任せにすることです。幸せは自分で感じるもの。与えてもらうものではありません。
母のネガティブ思考のおかげで、悩みや境遇を嘆くだけでは一向に解決しないと悟りました。そんなことは潔く諦めて、捨ててしまえばいいと思うように。母に向ける「しゃーないやん(仕方ないこと)」はネガティブをさらりとかわす言葉です。
自分で決めて自分で動けるようになった、行動力のルーツ
そういえば、人から行動力があるとよくいわれますが、これも母のおかげでは?と思う出来事が子どもの頃にありました。
あれは小学1年生のときのこと。 「お習字を習いたい」と言うと、「自分で頼みにいってきて」と返されました。「お母ちゃんついてきて。恥ずかしい」というと「先生の許可がでたら、挨拶によせてもらうから」といって取り合ってはくれません。
子供心に心細さを抱えながら、「ごめんください」と玄関を開けた、あの日の気持ちを今でも鮮明に覚えています。子供が頭を下げたところで、親を連れておいでと言われます。とぼとぼと家に帰り、結局母が付き添ってもう一度お願いにあがりました。
お習字だけではありません。そろばん、英会話、学習塾、どれもまずはじめは自分で申し込みにいきました。そろばん教室の時には、知恵を使い、ご近所の遊び仲間を誘いました。たしか3人ほどで心強かったことを覚えています。
そんなことが重なり、いつしか「頼りにならない母」と思うようになりました。なんでも自分で決めて行動するルーツはここにあるのではと思います。
「好奇心旺盛な知りたがり屋」になったのも...
いつも不満を抱えている母に「何かしたいことはないの?」「あれは楽しそうね」と問いかけると、「どこまで行っても天と地や」と返ってきます。
これは母の口癖。たとえ自分が今いる世界から外に出たとしても、天と地に変わりはない。「外の世界に喜びを求めるのは無駄」という価値観です。
そういう価値観の押し付けに反発心が生まれ、興味のあることにはエイっと飛び込みたくなるようになりました。「何故?」「どうして?」知らない世界を知りたがる。人気の絵本『知りたがり屋のジョージ』みたいだと言われるのはそのせいかもと思います。
受け入れがたかった母。その受け止め方にに変化が
長い間受け入れがたい母でした。散々嫌な思いをしましたし、困ることばかりでしたし、存分にネガティブな気持ちを味わいました。
けれど心の距離を取れるようになった最近、今の私があるのはあの母の影響ではないかなと思うのです。母のあの性格のおかげで、私は好奇心旺盛で、エイっと軽やかに行動し、自分らしさを武器にパワフルに生きていけるのではないかと思うのです。
私の人生を語るに母は欠かせない存在であると思えるようになり、感謝の気持ちに目覚めています。
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