70歳まで働きづめで、引退後すぐに亡くなった父。腕一本で家族を養ってくれて...幸せ...だったかな?

<この体験記を書いた人>

ペンネームmasako
性別:女
年齢:54
プロフィール:主婦です。子供はおらず、56歳の夫と2人暮らしです。父は10年前に亡くなりました。

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54歳の主婦です。

子供はおらず、56歳の夫と2人暮らしです。

コロナ禍に見舞われた2020年も終わり、2021年を迎えました。

私にとって2021年は、父が72歳で亡くなってから10年になる節目の年です。

2020年に大ヒットした『鬼滅の刃』で「長男だから我慢できた」という主人公の台詞が話題になりましたが、父も3人兄弟の長男でした。

私の父は、幼い頃に父親(私にとっての祖父)を亡くしたため、10歳を過ぎた頃から学校にもろくに通わずに、親戚の板金業を手伝って家計を支えていました。

ですので、父は今で言う義務教育を受けていません。

そのせいで、歴史や文学など授業で習う教養的な知識は乏しく、大河ドラマなどを観ても時代背景が理解できないと言っていました。

15歳になると、父は大手企業の下請け会社の板金職人となりました。

確かめたことはないのですが、学歴がないので正社員にはなれなかったのかもしれません。

職人の世界は今でも厳しいですが、当時はたいそう厳しかったようでした。

「仕事は見て覚えろ」が常識で、15歳の少年であった父に誰一人仕事を教えようとはしなかったそうです。

さすがに体罰はなかったようですが、上下関係も厳しく、賃金は安く、仕事は完璧にできて当り前、失敗すれば容赦なく怒鳴られ、心が折れかかったこともあったといいます。

でも、父はどんなに傷ついても立ち止まることは許されませんでした。

なぜなら、父は「弟たちには、ちゃんと学校に行かせてやりたい」と、家族にお給料の大半を仕送りしていたからです。

10代半ばの少年でありながら、父の肩には家族の生活がかかっていたのです。

ですので、父は旅行だとか映画を見るとかの娯楽もほとんど知ることなく、まさに働きづめの青春時代を過ごしたそうです。

同じ世代の友人知人の生活をうらやましく思ったこともあったそうですが、「俺は長男だから」と我慢したといいます。

救いは、父が板金業を嫌いでなかったことでした。

父はもともと職人気質で、「受けた仕事は完璧にこなす」をモットーとしており、仕事面は評価されていたそうです。

そして、兄弟たちが学業を終える頃には職人として独り立ちし、少ないですが安定した収入も得られるようになりました。

母と結婚し私や弟が生まれると、一家の大黒柱としてまさに腕一本で私たち家族を養い、家を建て、70歳で親会社からの契約が終わるまで、懸命に働き続けました。

仕事がなくなると、父は何をしていいのかわからず、最初はションボリしていました。

でも、私たち家族の「今まで家族のために働きづめだったから、これからは自分の人生をエンジョイしてね」の言葉が父に響いたようです。

気持ちを切り替えたのか、父も「よし、青春を取り戻すぞ」と旅行などを楽しみはじめました。

ですが、父が自分の人生を楽しんだのは短い時間でした。

現役を退いてから半年後、父は脳卒中を発症し寝たきりになり、2011年に亡くなったのです。

働きづめの人生でしたが、父は自分の仕事に誇りをもっており「仕事が好きで何が悪い」と繰り返していました。

父は幸せだったのでしょうか。

幸せだったと信じたいです。

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