登山に料理、挑戦を忘れず生き生きと暮らす母。「私は85歳!」と誰にでも話しかけては...

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ちーさん
性別:女
年齢:62
プロフィール:現在は60歳の主人と二人暮らし。一人息子は結婚して同じ市内に住んでいます。

登山に料理、挑戦を忘れず生き生きと暮らす母。「私は85歳!」と誰にでも話しかけては... 40.jpg

実母は現在89歳で、いつも前向きで何でも挑戦をしていくタイプです。

病気がちだった実父が6年前に他界してからは、気楽に老後を過ごしており「女は強し」という言葉がぴったりな母です。

写真を撮るのが趣味の私は、仕事が休みの日に近場ですが散策をしに出かけます。

そうした時に、母も連れていくことがよくあります。

4年ほど前の話ですが、母(当時85歳)を連れて近場の標高821メートルの低山に山登りに行きました。

その山の山頂は山焼きを年に一度行うので登りやすいのですが、何といっても85歳の母は登山の経験もなく、ただの興味から行きたいと言い出したので「どうなることやら」と不安ではありました。

杖を使いながら「ヨイショ、ヨイショ」と一歩一歩進み、「ちょっとひとやすみ」と言って休憩。

同じように休憩をしている人をつかまえてはおしゃべり。

「わたしは85歳、娘と一緒に来たの」と始まり、話がなかなか終わりません。

いくら標高821メートルの低山でも、山頂近くでは天候も変わってくる場合もあるため、「早く行こう」と言って母を歩かせました。

ちょうどススキが黄金色に輝く季節でしたので、低山登山を楽しむ人たちは多かったです。

この山にはロープウェイもリフトもないので、歩いて登るしかありません。

山焼きを行うので、景色をさえぎる木々もあまりなく、眺めは最高です。

何か悩みを抱えていたとしても、「小さなことにくよくよするな」と言ってくれているような感じです。

青い空と海沿いに見える小さな街、鳥たちのさえずり、小さな雑草の花々。

私にとっては幸せをひしひしと感じる時間で、眺めの良さに感動をしながら、写真を撮るのに夢中でした。

「あ、あれ? お母さん...どこ?」

ハッと気づくと写真を撮ることに夢中になりすぎて、母のことをそっちのけにしてしまいました。

耳を澄ますと、姿は見えないけれど母の声がします。

あらら...小さなベンチに座りおしゃべりしてる。

いったい隣にいる人は誰なのよ...。

母は小さなベンチに座り、どこかのおじいさんとおしゃべりしていました。

母は声が大きくて、よく「姿は見えないけれど声がする」と周囲の人たちから言われています。

隣に座っていたおじいさんは、やはり山頂を目指して歩いてきた人で、「疲れた!」と意気投合したようです。

母はどこに行っても仲間を作ることができて幸せな人です。

その後も「ヨイショ、ヨイショ」と一歩一歩歩いて山頂に到着しました。

標高821メートルの低山でも山頂は風が強く、写真を何枚か撮ってひと息ついたら下山することにしました。

母は下山する時もすれ違う人に「私は85歳、娘と来て上まで行って来たの」と話しかけていました。

「そう~。わっかいわねぇ。とっても85歳には見えないわよぅ」

そう言われると凄く嬉しそうでした。

そう言ってもらいたくて「私は85歳」と言っていたのかもしれません。

これは4年前の話ですが、今は膝が痛くなると言うので、山には登れなくなりました。

でも89歳になった今でも料理などに前向きに挑戦をしています。

85歳で低山に登ったことは大変だったけれど、楽しかったと懐かしそうに言っています。

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