好き嫌い? そんな贅沢を言う余裕はなし! 偏食を改善させた40年前の極貧食生活

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:ウジさん
性別:男
年齢:59
プロフィール:関東圏にある実家から大学進学を機に地方都市へやってきて40年以上が経ちました。時々「若気の至り」を思い出します。

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先日ニュースを見ていると、東京で学生さんたちが行列に並んでいる映像が流れていました。

キャスターの解説によると、食料品の無料配布の様子ということでした。

「食べる物にも事欠くとは、コロナの影響もすさまじいな...」

思わずつぶやきながら、自分の若い頃を思い出していました。

今から40年近く前、昭和の終わりごろに、私は関東圏の大学には力及ばず、地方の大学に何とか滑り込み、実家を離れての一人暮らしを始めました。

親もしょうがないという感じで送り出してくれましたが、仕送りは最低限という約束をさせられました。

仕送りを受けての生活は初体験なので、どうも金のやりくりはうまくありませんでした。

仕送りが来ての1週間は外食ばかり、それも寿司だ、焼肉だ、と放漫財政の一途をたどります。

残る3週間は緊縮財政、たまに入るアルバイトを頼りの生活です。

何とかうまく切り抜けられる時はいいのですが、あてにしていたバイトがなくなったり、シフトが減らされたりすると悲惨でした。

仕送りまで1週間あるのに財布には数百円という時もありました。

そんな時は、生活の知恵とは名ばかりのサバイバル生活です。

1個100円のキャベツで4日間の夕食を賄う方法はこうです。

まず4等分します。

1日目はその一つを油で炒めて塩コショウで食します。

2日目は変化を付けるためにゆでてスープ仕立てにして食べます。

この時、もう一つの断片に塩をまぶして冷蔵庫に入れておき、3日目は塩漬けキャベツです。

4日目は残った一つを千切りにして、マヨネーズをまぶして食べるのです。

昼食は友だちと一緒に学食に行くのですが、友だちにからかわれながら「ゴマ塩定食」をもっぱら食べていました。

当時の学食はご飯のみだと大盛りで80円でしたので、これを頼み、サービスとして振りかけ放題だったごま塩だけをたっぷりと振りかけてかき込むのです。

仕送りは月初めという学生が多く、月末になると同じ「定食」を味わっている同志をよく見かけたものでした。

それでも足りなくなると、究極のメニューに突入します。

まず、薄いコンソメスープを大量に作ります。

鍋一つのお湯にスープの素1、2個(これさえない時もありましたが)溶かしたものに、コショウを瓶半分ほど、大量にぶち込みます。

これをコップ1杯一気に飲み干します。

胃が締めあげられるような感覚を覚え、食欲を失いますので、食費が浮かせられるというわけです。

いないとは思いますが、決してマネしないでくださいね。

文字通り若気の至りで、いま思い出してもよく体を壊さなかったものだと冷や汗ものです。

ただまあ、よかったこともあります。

けっこう偏食が多かったのですが、この学生時代の食生活で食べる物を選ぶ余裕はなくなり、ほとんどを克服しました。

「ほんとに何でもおいしそうに食べるよね」

好き嫌いの多い妻(56歳)がうらやむほど、何でもおいしくいただけるのは、この時の食生活の賜物かもしれません。

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