月刊誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師で作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」。今回のテーマは「人生は、おもしろいことをするためにある」です。
この記事は月刊誌『毎日が発見』2024年4月号に掲載の情報です。
最高の贅沢スキー
スイスのツェルマットは、世界中からスキー客が集まります。
標高3883mのクライン・マッターホルンの頂までロープウェーで登り、氷河を滑り降りてくるのです。
途中で国境を越え、イタリアでおいしいパスタとピザを食べるのもアリ。
一日で60kmもの滑走は、まさにダイナミックとしか言いようがありません。
このあこがれのツェルマットに行ったのは60歳のとき。
ホテルで食事をしていると、日本人の男性がディナーをとっていました。
気になって、声をかけました。
「一人旅ですか? さびしくないですか?」
「一人旅を楽しんでいます」
この日は朝10時に起きて遅い朝食をとり、赤い小さな登山電車に乗ってゴルナーグラートの山頂駅へ。
山小屋で、マッターホルンやモンテ・ローザの山並みを見ながら、ホットチョコレートを飲んだ後、1時間かけてゆっくりとツェルマットの街まで滑り降りてきたのだと言います。
一日一本の贅沢スキー。
思わず「わあ、おしゃれですね」とため息がもれました。
スキー話が盛り上がった後、男性は淡々と身の上話を始めました。
「いや、実は去年の秋に肝臓がんの手術をしたんです。肝臓の3分の2を取りました」
男性は75歳。
もともとスキーが好きで、ツェルマットには5回ほど来ていたとか。
肝臓がんが見つかり、人生の限りある時間を意識したら、もう一度来たくなったのだと言います。
「年金生活なので、ケチケチ旅行でね。旅行中はスーパーで地元の手頃なワインと食べ物を買ってきて、ホテルの部屋で食べています。今日はツェルマット最後の夜。だからワインを注文し、一人ディナーを楽しんでいます」
心底、かっこいいなと思いました。
「がんの治療は進歩しています。きっとまた、滑りに来れますよ」
ぼくがそう言うと、少年のような笑顔が返ってきました。
おもしろいことをした人の勝ち
このところぼくは「おもしろいことをした人の勝ち」と言っています。
健康づくりは、何のために健康になりたいのかという目的が重要と思うからです。
おもしろいと思うこと、好きなことがあれば、人はそれを原動力にすることができます。
おもしろいこと、好きなことを続けるためなら、「筋活」に励むこともできるでしょう。
また、ある程度、筋肉がつけば、男性ホルモンが分泌されてチャレンジングになり、ますますおもしろいことに力が入っていくという好循環も生まれます。
最近、筋肉を効率的に増やす運動がわかってきました。
それは「伸張性筋収縮」といって、筋肉を伸ばしながら負荷をかける運動です。
筋肉は縮めながら負荷をかけるよりも、伸ばしながら負荷をかけるほうが、筋肉を効率的に増やすことができるというのです。
西九州大学の中村雅俊准教授の研究では、3秒間の伸張性筋収縮を、週5回、4週間続けることで、11.5%筋肉が増えることがわかりました。
たった3秒を週5回なら、どんなに運動嫌いの人でも続けられそうな気がしませんか。
ぼくは、この連載でもスクワットやランジ、鎌田式かかとおとしをおすすめしてきましたが、これらの動きにも伸張性筋収縮が含まれています。
たとえば、スクワットではゆっくりと沈むときに、太ももの前側の筋肉(大腿四頭筋)で伸張性筋収縮が起きています。
ランジでは一歩前に出した足をゆっくりと元に戻すとき、かかとおとしではつま先立ちをしたときに伸張性筋収縮が起こっています。
これらの動きを意識すれば、より効率的な筋活が可能になるでしょう。
鎌田式の超ワイドスクワット。まず、足を大きく開き、つま先は逆ハの字にして立ちます。ゆっくりと太ももを外に開きながらひざを曲げて、太ももが床と平行になるまで、体をゆっくり沈み込ませます。そして元の姿勢に戻します。目安は1日10回。
ランジのやり方は、まず両足を肩幅に開いて立ちます。右足を前に踏み出し、上半身が前に倒れないように着地。両ひざがほぼ直角になるよう、体をゆっくり沈み込ませます。そして右足を元に戻す。左足も同様に。目安は1日に左右10回ずつ。
おいしいものを食べた人の勝ち
筋活を下支えするのが、しっかりとたんぱく質をとる「たん活」です。
高齢になると筋肉が減少していくので、しっかりとたんぱく質をとることで、フレイル(虚弱)を防ぐことができるのです。
たんぱく質は、肉や魚、豆、牛乳、チーズなどに多く含まれています。
そう、おいしいものを食べたほうが、健康にもいいということです。
65歳を過ぎたら、やせすぎの人よりは、ちょい太のほうが健康で長生きできるというデータがあります。
太りすぎの人はゆっくりと時間をかけて脂肪を減らし、筋肉を少しずつ増やしていきましょう。
また、たんぱく質を構成するトリプトファンというアミノ酸は、赤身の肉、かつお、アボカド、ピスタチオなどに含まれています。
トリプトファンはセロトニンという幸せホルモンの材料になります。
おいしいものを食べると、幸せな気分になり、うつやストレスにも強くなるのです。
コウカイは海でするもの
50年近く健康づくりに取り組んできた経験から言えるのは、「おもしろいこと」「おいしいもの」の力をおろそかにしてはいけない、ということです。
おもしろいことをして、おいしいものを食べている人は日々健康になるだけでなく、人生そのものも充実していくでしょう。
肺がんで緩和ケア病棟に入院する男性が喀血(かっけつ)。
でも止血剤はいらないと言いました。
「納得しているんですね。後悔はありませんか」と尋ねると、さわやかな答えが返ってきました。
「コウカイは海でするもんだ」
人生に悔いを残さないために、今を楽しんで生きることを、この男性からも、冒頭のスキーの男性からも教わりました。
今ぼくは75歳。
日々、「筋活」と「たん活」に励んでいますが、それも大好きなスキーを思いきり楽しめる体をつくりたいと思っているからです。
今年のスキーシーズンも、ほぼ毎日スキー場に通いました。
やっぱり、「人生をおもしろがること」に勝る健康法はない、これがぼくの確信です。
長い間、ご愛読ありがとうございました。
また、どこかでお目にかかりましょう。
地元のスキー場で思いっきり楽しんでいるシーンです。
【カマタのこのごろ】
『医者の話を鵜呑みにするな』(WAC)が2月24日発売されました。精神科医の和田秀樹さんと鎌田の共著です。「肥満パラドクス」や「コレステロールパラドクス」「お金持ちパラドクス」など、常識を覆す話題がいっぱいです。おもしろい本になりました。ぜひ、お読みください。
文・写真/鎌田 實