双極性障害の治療後、長く続く抑うつ状態と向き合ってきた筆者。ネガティブな世界からのサバイバルをあと押ししたのは、意外にも簡単な7つの「行動」でした。2ヶ月ぶりの換気、10秒片付けからはじまる、抑うつ状態への行動療法、認知療法的アプローチの実践と記録に、「自分を好きになる」ためのヒントを探してみましょう。
※この記事は『自分を好きになろう うつな私をごきげんに変えた7つのスイッチ』(KADOKAWA)からの抜粋です。
前の記事「ゴミ屋敷に届いた一本の電話をきっかけに、汚部屋で暮らす自分を客観視。/自分を好きになろう(3)」はこちら。
【前回までのあらすじ:1章】
記者として東日本大震災の被災地取材を続けるうちにうつ病を発症。
のちに双極性障害の診断を受けて、2年間の休職と投薬治療後、社会復帰を果たした筆者。
それでも、喜びや悲しみ、意欲などの感情を取り戻すことはできずにいました。
片付けなんて、意味なくない?
片付け、かぁ。
めんどくさいなあ。
もう、この家にあの人が来ることもないだろうし。
見せる人がいない部屋をキレイにする意味、なくないか?
「片付けろ」と強い口調で私に命じた親方に、言えなかった「ホンネ」が頭の中をぐるぐる駆け巡りました。
それでも、ちょっとだけ引っかかったのが「おめえ、病気の人がやりそうなことを全部やってるだろう」という親方の言葉でした。
病気の人がやりそうなことって、どんなことだろう?
これまで、そんなことを考えたことがありませんでした。
ふと、思い出したのが、小学1年生の時の学芸会の劇でした。「白雪姫」をクラスのみんなで演じました。
私の親友の陽子ちゃんが、毒りんごを持った魔女のおばあさん役でした。
ところが陽子ちゃんは一生懸命に覚えたセリフを話すのですが、何か今ひとつしっくりこないのです。なんとなく、みんなも違和感を感じていました。陽子ちゃんも困った様子です。
陽子ちゃんの芝居を見た先生が、私たちにこう言いました。
「陽子ちゃんの役の魔女は、おばあさんだよね。みんなが考えるおばあさんって、どんなふうかな? みんな、おばあさんや、おじいさんって、どんな姿勢をしている? みんなでやってみよう、せーの」
先生の言葉を合図に、クラスのみんなは一斉に背を丸めたのです。
先生はこう言いました。
「そうだよね。おばあさんやおじいさんは、背が丸まっているよね。じゃあ、威張っている人はどうかな? ふんぞり返っているよね。そして口がへの字で、怖い顔だよね。みんな、自分の演じる役の人ってどんな人か、考えてみましょう。えらそうかな? 優しそうかな? 元気かな? それとも病気かな? そういう人たちって、どんな表情や、格好をしているかな? それを自分で考えて、真似をする気持ちでやってみようね」
あいにく、その時に私のやった役を自分で忘れてしまったのですが、「魔女はおばあさんで、怖そうで、いじわる」だと役を分析した陽子ちゃんは、背を曲げて、口をへの字にし、眉間(みけん)にしわを寄せて低い声で話しはじめたのです。
するといきなり魔女っぽくなったのです。この様子は私にとっては強烈な印象になって残りました。
「病気の人みたいなことを全部やってるだろ」という親方の言葉から、この時の記憶がよみがえりました。
「そうか、私は、親方から見たら、病気の人を演じている状態ってことなのか。私が元気だって主張しても親方には病気に見えるってそういうことだろうなあ」
じゃあ逆に、元気な人って、どんな人だろう。
手元にあったペンと紙に、何気なく書いてみました。
そういえば、最近笑ってないな
「私が考える元気な人」
・まず、いつも笑顔で明るい雰囲気の人。
・肌ツヤがよく、ちゃんとお化粧をしている人。
・きちんとしたオシャレをしている人。
・いつも考えが前向きな人。
・人の幸せを喜べる人。
・お風呂にちゃんと入って、清潔感を保っている人。
・ひとりを楽しみ、自分のために部屋を片付けたり料理をして快適に過ごしている人。
書き終わった紙をじーっと眺めて、自分でびっくりしました。
「元気な人リストに、今の私は何ひとつ、当てはまってない」ということに気がついたからです。
まず、たぶん、2ヶ月ぐらい笑っていません。
好きな人がいなくなってから、表情が消えました。
オシャレや化粧どころか、1週間ぐらいお風呂にすら入っていません。
考え方は前向きではないことは確かです。......というか、考え方って今さら変えられるの? もう、この歳なんだから無理じゃない?
そして部屋も......。
そうか、私、元気な人ではないんだな。自分でも薄々わかっていたのですが、親方からの電話で、自分をはじめて客観視できました。
「やっぱ、掃除っていいのかな」
「元気な人リストの中で、できそうなのって、とりあえず掃除ぐらいだよな、今の私からしたら」
「じゃあ、できるところからやるか......」
彼が去る前、彼を部屋に招くために私はたいてい、1回8000円の料金を払ってお掃除をしてくれるサービスを利用していました。
これまで、掃除の習慣がなかったのです。
子供の時も、掃除をした記憶はありません。母親や姉がやってくれていたのだと思います。
いや、思い出しました。中学3年生で、私が激しい反抗期に入った時、部屋の入り口のガラス扉を叩き割ったことがあるのですが、その破片を私は半年以上片付けなかったことを。破片と紙と本が床に散乱する部屋で寝起きして、私は中学を卒業しました。
そして、結婚をしていた時は、夫が掃除をしてくれていましたし、仕事に復帰したあとは、掃除サービスに掃除を頼んできました。
だから、正直言って、掃除のやり方が全然わかりませんでした。
自分がまともに掃除ができないくせに一丁前なことを言いますが、掃除サービスに頼んでみて思ったのは、「なんか今ひとつだな」ということなのです。確かに部屋の清掃はしてくれるので、床からはねこの毛がなくなり、棚やテーブルのホコリは拭き取られてキレイになっています。
でも、なんだか片付いた感じがしないのです。
なんでなんだろう?
掃除の方法を知らないし、いろいろ読んでみようかなと考え、私は掃除の本をネット書店でダウンロードして読みはじめました。
書籍を買う前に、ネットのまとめサイトも利用しました。確かに簡単に検索できるし、情報もタダなのですが、どうにも情報が薄く、なんとなく不毛な気持ちになりました。何時間もネットサーフィンをして掃除の方法を調べるよりも、本を買ったほうが、素早く体系的に知識が得られると思って、掃除の本を買うことにしました。1冊だけだと自分に合わないかもしれないので、何冊か読みました。掃除はやったほうがいいのは間違いないので、本が合わないからという理由で掃除が嫌いなままでいるのは損だと考えたからです。「おなじテーマの本は1冊だけではなく何冊か読む」というのは、何かの知識や習慣を身につける時にとても重要だとこの時実感しました。
現実を受け入れて、自分の部屋が「汚部屋」であると自覚をするのは、ちょっとつらいことでしたが、でもこれが現実なのだからしかたありません。
まずは1ヶ所10秒片付けをやってみた
いろいろな本を読んでみて、汚部屋から脱出した人の体験談で共通している点を見つけました。それは「まずは気になる1ヶ所だけキレイにした」ということからはじめたという点です。
いきなり全部やるとなると、途方に暮れて挫折するのは、ダイエットと似ています。10キロを短期間で瘦せるとなると「無理だな」と思ってしまいますが、まずは1キロ瘦せて、あとは徐々に1年ぐらいかけて瘦せていこう、と気長に構えることができたら、少しだけやる気が出てきます。掃除の習慣は一生ものなので、テスト勉強みたいに短期間に結着をつけることを考えるのはよそうと思いました。
ゴミ屋敷のベッドの中で、掃除と片付けの本を10冊ほど読んで、ようやく、やる気が出てきました。
そして、ベッドサイドに積まれていたペットボトルをゴミ袋にまとめて入れてみました。
時間にして10秒ほどのその行為が、私にとっての「片付け」デビューでした。
ペットボトルがなくなった場所は、床が出現しました。
なんとなくそこだけ、普通の人の部屋のような雰囲気になったのです。
次の記事「徹底的にものの捨て方を学び、2週間で大きな片付けを完了。/自分を好きになろう(5)」はこちら。