娘を金づるにして悪びれない母を、裁判官が一喝! 伝えたかった「負の連鎖」を断ち切る大切さ

『裁判長の泣けちゃうお説教』 (長嶺超輝/河出書房新社 )第8回【全10回】

【はじめから読む】炎の中から救助された80歳の男性。号泣し口にした「死ねなかった...」の一言

「人を裁く人」――裁判官。社会の影に隠れ、目立たない立場とも言える彼らの中には、できる限りの範囲で犯罪者の更生に骨を折り、日本の治安を守ろうと努める、偉大な裁判官がいます。

30万部超のベストセラー『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の著者、長嶺超輝さんによる一冊『裁判長の泣けちゃうお説教: 法廷は涙でかすむ』(KAWADE夢新書)は、そんな偉大で魅力あふれる裁判官たちの、法廷での説諭を紹介。日本全国3000件以上の裁判を取材してきたという著者による「裁かれたい裁判官」の言葉に、思わず「泣けちゃう」こと間違いなしです。

※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。


娘を金づるにして悪びれない母を、裁判官が一喝! 伝えたかった「負の連鎖」を断ち切る大切さ pixta_54951808_M

未成年の娘に身体を売らせて、その金で遊びまわっていた父母。
「若かった頃、自分もそうさせられていた」と開き直る母に、裁判官は何を語ったか?
[2008年12月4日・25日 和歌山家庭裁判所]

【前編を読む】女子中学生の娘に売春を強要していた母。「私も昔、援助交際して、家に金を入れていた」

裁判官らしくない言葉づかいで一喝

弁護人と検察官が質問を終えた後、一転して声を荒らげて、怒鳴るような口調で壇上から尋ねたのは、担当の杉村鎮右裁判官でした。

「愛人をつくっていた夫に、愛を感じるのですか?」

「感じません」

「愛を感じない相手と、どうやってやり直すのですか?」

「............」

「彼女がどんな気持ちでいたと思っているんですか。あなたのそんな言葉を聞いて、彼女は新しい一歩を踏みだせると思いますか?」

普段は冷静な杉村裁判官が、被告人の娘を「彼女」と称しながら、大声を張りあげて、被告人を問い詰めていきます。

きっと、弁護人や検察官の質問を見ながら「淡々とした口調で諭しても、この被告人の心には響かない」と判断したのでしょう。

「彼女にできることがあるでしょう。あんたたちが遊びにいっている間、売春させられ、弟の面倒も見ていたんだよ。弟のことを思って、彼女は公的機関に助けを求められなかったし、逃げられなかった。俺を彼女だと思って、話をできないのかよ? すごい酷いことをしたんだろ!」

「彼女の気持ちより、自分たちの今後のことしか考えてないんなら、見通しが甘すぎるよ!」

熱のこもった説教の中には、他の裁判官が法廷で使わないような、カジュアルな表現もふくまれています。

そうした杉村裁判官の踏み込んだ一喝に、母親は涙を流し始めました。

声を震わせ、詰まらせながら「すみません......。もっともっと努力して、母親になります。本当にすみませんでした」と、のどの奥から搾りだすように答えるのが精一杯だったようです。

のちの判決公判で、杉村裁判官は懲役3年6か月と罰金10万円を両方科す、実刑判決を言い渡しました。

そして、被告人をまっすぐに見据えながら、異例の長さの説諭をおこないました。

「家族とは、この世に生まれてきた人間が最初に接する小さな社会です。そして、その後の社会とのかかわり方を決める決定的な場だと思います。あなたから仕打ちを受けた彼女にとって、この社会が生きるに値するものと信じられるのかどうか、裁判所としては危惧を抱いています」

「彼女が社会とのきずなを紡つむぎ直すためには、『社会はこういうことを許さない』という強いメッセージを彼女に送る必要があります。ですから、あなたの刑に執行猶予はつけませんでした。刑務所へいってもらいます。あなたの考え方のゆがみ、あなたがやったことの酷さを、あなた自身にも身に沁みてわかってもらうことが必要と考えました」

「親権を奪われたって、あなたは彼女の世界で、たったひとりの母ちゃんなんだよ。あなた自身が、彼女のことを信じている、心の中で思っている、それだけでしか彼女を癒やせないものがあると、僕は思う」

「服役している間は、彼女に何ができるのか、それをよく考える時間にしてください。たとえ会えなくても、恨まれても、あなたが彼女を思いつづけるだけで、彼女にとって大きな力になると思います」

被告人は、法廷の中央で直立したまま、杉村裁判官の言葉に聞き入っていました。

杉村裁判官が被告人の娘を「彼女」と呼びつづけた背景には、ハッキリとした意図があったはずです。

都合のいい金づるとして娘を利用してきた被告人に対し、その娘にも尊重すべき独立した人格があることに、改めて気づかせようとしたのでしょう。

この母親に限らず、自分がさせられた嫌なことだから、つぎの代にも同じことをさせようとするタイプの人は、会社・部活動・PTA・同好会などの組織やコミュニティにたくさんいます。

そうしなければ「自分だけが損をする」と考えてしまうのでしょう。

しかし、いまよりもっと明るい将来の社会をつくるためには、自分自身が損をかぶってでも、「負の連鎖」を断ちきる勇気をもたなければなりません。

杉村裁判官の厳しい叱責と、その後の人情にあふれる説諭は、きっとこの家族がかかえてきた後ろ暗い「負の連鎖」を断ち切るきっかけとなったはずです。


本稿の「名裁判」の情報は、著者自身の裁判傍聴記録のほか、読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・共同通信・時事通信・北海道新聞・東京新聞・北國新聞・中日新聞・西日本新聞・佐賀新聞による各取材記事を参照しております。
また、各事件の事実関係において、裁判の証拠などで断片的にしか判明していない部分につき、説明を円滑に進める便宜上、その間隙の一部を脚色によって埋めて均している箇所もあります。ご了承ください。裁判記録を基にしたノンフィクションとして、幅ひろい層の皆さまに親しんでいただけますことを希望いたします。


 

長嶺超輝(ながみね・まさき)
フリーランスライター、出版コンサルタント。1975年、長崎生まれ。九州大学法学部卒。大学時代の恩師に勧められて弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫し、断念して上京。30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の刊行をきっかけに、テレビ番組出演や新聞記事掲載、雑誌連載、Web連載などで法律や裁判の魅力をわかりやすく解説するようになる。著書の執筆・出版に注力し、本書が14作目。

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※本記事は長嶺超輝著の書籍『裁判長の泣けちゃうお説教』(河出書房新社 )から一部抜粋・編集しました。

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