毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「井之脇海の屋台シーン」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
【前回】姉の"お古"って...描かれた「大人のゲス会話」と描かれない「暢子の妊娠」
本土復帰前の沖縄本島・やんばる地域で生まれ育ったヒロインと家族の50年間の歩みを描くNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』第22週。
これまでまっとうに見えた人間も次々に狂気に向かわせてきた、ちむどんワールド。
そんな中、異質なのは、最初から嫌なヤツだった元フォンターナの料理人で、後に暢子(黒島結菜)の開店する「ちむどんどん」の料理人になる矢作(井之脇海)だ。
朝ドラでは猪突猛進型ヒロインに巻き込まれる被害者の会が生まれがちだが、まさか暢子を「まさかやー!」とイジッていた矢作が「ちむどんどん」ど真ん中の人になるとは。
友人・知人などに店の名前を聞かれるたび、やや俯いて、恥ずかしさや気まずさなどが入り混じった思春期っぽい不機嫌さでボソリと「ちむどんどん......」と呟き、「え?」と聞き返され、キレ気味に「ちむどんどん? わりーかよっ!」と吐き捨てる井之脇海を想像したら、案外悪くない気がしてきた。
今週はまさにそんな井之脇が主役の週。
『ちむどんどん』が閑古鳥になったのは、暢子の妊娠による味覚変化など全く関係なかったらしい。
悩んだ暢子は和彦(宮沢氷魚)と相談し、いったん店を休業し、矢作と共にメニューや味を見直すことに。
和彦は、房子(原田美枝子)に助言をもらうため、二ツ橋(高嶋政伸)と田良島(山中崇)と共にフォンターナでの食事会を企画。
かつてフォンターナの権利書と売り上げを持ち逃げした矢作にとっては、最も足を踏み入れにくい場所だ。
それは矢作がずっと背負っていくべき咎だが、矢作にだけ焦げた豚肉を出すフォンターナの従業員の料理人としてのプライドのなさ、下劣さにSNSでは批判が殺到。
二ツ橋は「今日はよくこらえましたね」と矢作に声をかけたが、本来は店側の人間として矢作に非礼を詫び、店の品位を落とす行為をした従業員を叱責すべきところだろう。
反社的人間が頻繁に出入りするうち、悪評が浸透し、フォンターナ自体が没落してしまったのだろうか。
さらに、矢作は暢子と和彦が自分に給料を払えないと話しているところを立ち聞きしてしまう。
その後、暢子が融資を受けている信用金庫に支払う40万円を店に置き忘れ、紛失したことから、智(前田公輝)が「泥棒がそう簡単に改心するわけ......」と矢作を疑う。
しかし、暢子は「うちは矢作さんを信じてる! お金とかお店とかよりもそっちのほうが一番」と反論。
そこに一部始終を聞いていた矢作が現れ、不用心に出しっぱなしだったお金を矢作がレジの中にしまってくれていたことが判明。
矢作は疑われても仕方ないと言い、給料の支払いが厳しいと言う暢子に「店を立て直すのに、俺は要るの?要らないの?」と尋ね、矢作がやめたら店の再建も営業も無理だと本音を漏らす暢子に、「ならやめねえ。この店に残る」「ただし一刻も早く店を立て直すこと。もちろん俺にできることはなんでもする」と宣言。
矢作は暢子が自分を信じると言ってくれたのが嬉しかったのだ。
そして、智が土下座で謝罪→屋台で二人が飲み、支払いを自分がすると言って揉めるという展開に、盛り上がる声が続出。
なぜなら井之脇+屋台と言えば、彼が出演していた朝ドラ『ひよっこ』(2017年度上半期)を想起させるからだ。
ただし、『ひよっこ』の屋台に一緒にいたのは本作のダメニーニ―・賢秀(竜星涼/綿引巡査)で、井之脇(雄大)はラーメンを一緒に食べ、「君に奢りたいけど、金がないから300円貸してくれ」とラーメン代をたかっているほうだったけど。
こうして5年ごしに屋台で奢るほどのゆとりが持てた井之脇海。
それにしても、矢作の改心が極端な豹変ぶりにならないのは、井之脇のブレない芝居あってこそ。
比嘉家がやって来たときも、相変わらず少しぶっきらぼうで不愛想な挨拶で、比嘉家の様子をチラリと気にしながらも背後で黙々と食事し、声を掛けられると、気まず嬉しそうに参加する。
不思議と、立っているだけ、食べているだけで、言葉を発していなくても棒演技になる役者もいる中、背景に写り込む日常の仕草でその人らしさを醸し出し、画面に安定感を与える井之脇。
もう一人、達者な役者ながら、ニーニーとのセットでお騒がせ要員のように配置されてきた養豚所の清恵(佐津川愛美)が気の毒だったが、ここに来てようやく暢子の店に足りないモノ=「良い豚肉」として結びついてきた。
残る3週間で、気の毒に見えた役者たちが皆、本来の力を発揮できる展開を切に願う。