雑誌『毎日が発見』で好評連載中の、医師・作家の鎌田實さん「もっともっとおもしろく生きようよ」から、今回は鎌田さんが「外出自粛の自宅時間の過ごし方」について語ります。
※今回の記事は2020年5月8日時点の情報を基にしています。
懐かしい映画や小説を味わう
新型コロナウイルスとの闘いが長期化しています。
全国で緊急事態宣言が発令され、外出自粛の"巣ごもり"が続いています。
ぼくも、講演などが取りやめとなり、長野県の自宅で過ごす時間が増えました。
閉じこもっていると気持ちが沈みがちですが、好きな音楽を聴いたり、映画をDVDで見たり、小説を読んだりして、自分の心を楽しませる工夫をしてきました。
久しぶりに、アーネスト・ヘミングウェイの『キリマンジャロの雪』(角川文庫)を読み返してみました。
足の壊疽という感染症で瀕死の状態に陥った小説家が、死を意識しながら人生を振り返っていく作品です。
この小説は、1952年にヘンリー・キング監督が映画化しました。
主人公を演じるのはグレゴリー・ペック。
4人の女性とのロマンスを回想し、けっこういい人生だと主人公は思うのです。
こんなふうに人生をまっとうできたらいいなあ。
この『キリマンジャロの雪』の味わいが、70歳を過ぎてから、さらにしみじみと感じられるようになりました。
『キリマンジャロの雪』(角川文庫、入手困難)。この短編は『ヘミングウェイ全短編2』(新潮文庫)にも収録されています。
懐かしい映画も見ました。
『ベニスに死す』。
71年公開のルキノ・ヴィスコンティ監督の作品です。
これも、トーマス・マンの『ヴェニスに死す』が原作です。
ベニスに静養に来た老作曲家が、美しいポーランド貴族の少年に恋をしてしまいます。
町にコレラが流行しているのを知りながら、美しい少年に魅了され、ベニスに残るのです。
必ずしも「命がいちばん」とはならない、人間はやっかいな生き物なのです。
映画ではグスタフ・マーラーの交響曲が悠然と流れ、ベニスの美しい町が映し出されます。
今、このイタリアが新型コロナで医療崩壊を起こし、厳しい状況に陥っています。
感染のピークは過ぎたものの、新型コロナの残した爪痕は想像以上に大きなものでした。
『ベニスに死す』(集英社文庫)。新潮文庫や岩波文庫などからも発行されています。
人間とウイルスの長い闘いの歴史
人間は、ウイルスなどの感染症と長い闘いをしてきました。
ぼくはイラクやシリアに通い続けていますが、この辺りは古代からチグリス・ユーフラテス流域にシュメール文明が栄えました。
すでに紀元前3000年ごろ、はしかの麻疹ウイルスが流行したという記録が残っています。
近代では、1918~20年にスペインかぜが世界的に大流行しました。
世界中で5億人が感染し、1700万~5000万人の死者を出したと推計されています。
こうしたウイルスとの闘いで、人類はワクチンを開発するなど医学を発展させ、水道などのインフラを整えて、衛生的な生活を実現してきました。
今回の新型コロナの感染爆発で、何を学び、どの方向に向かうのかとても気がかりです。
昨年12月、中国の武漢で未知のウイルスが広がりはじめていたとき、習さんがきちんと対処していれば、こんなことにはならなかったのではないかと思います。
中国共産党が隠蔽した責任は大きい、とぼくは勝手に考えています。
安倍さんも、1月末の春節のとき、武漢からの旅行者の入国を止められていたら、とも思います。
トランプさんもずっと楽観的なツイートをしていましたが、その結果、アメリカにも感染爆発が起こりました。
一強という政治システムが、判断を誤ったとき、とんでもなく脆いということを実感しました。
ディストピア小説の警告がいま突き刺さる
一方で、ぼくたちは感染を食い止めるために、一時的ではあれ、人の自由を制限し、管理することの有効性も体験しました。
この先、新型コロナやその次の未知のウイルスに勝つためには、自由を制限した強権的な社会を築いたほうがいいのか、という危うい問いにも直面しています。
『サピエンス全史』の著者で歴史家のユヴァル・ノア・ハラリは、新型コロナ後の世界は、「全体主義的な監視社会か、市民のエンパワーメント(支援)か、国家主義的な孤立か、世界的な連帯か」という問いかけをしています。
この問いかけを前に、ぼくはディストピア小説の金字塔『一九八四年』(ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳、早川書房)を思い出しました。
監視、検閲、権威主義が支配する社会が描かれています。
ジョージ・オーウェルの『一九八四年』(ハヤカワepi文庫)の表紙。
『華氏451度』(レイ・ブラッドベリ著、伊藤典夫訳、早川書房)は、本が禁制品となった未来が舞台。
権力が国民を無知にしようとし、本を焼きすてます。
テレビは政治に関心を持たせないように娯楽番組だけ。
まるで現代を予告しているような作品です。
この小説は、ヌーベルバーグの旗手フランソワ・トリュフォーが映画化しています。
SF映画としてはB級ですが、ブラッドベリやトリュフォーが現代のぼくたちに言いたいことがつまっているような気がします。
狂った宗教が支配する世界で、真実を求めて立ち上がる人間の姿を描く『2084 世界の終わり』(ブアレム・サンサル著、中村佳子訳、河出書房新社)も、おもしろい小説でした。
こうしたディストピア小説を今、読むことの意味は大きいと感じます。
コロナ後の世界をどう生きるか
「コロナ疲れ」という言葉がありますが、もう少しの我慢です。
精神的にも萎縮しがちですが、好きな小説や映画、音楽などで、心を揺さぶってください。
運動不足にならないように、室内でできるスクワットとかかと落としで体を動かすこともおすすめします。
ぼくたちは巣ごもりを経験して、人とつながることの大切さを実感しています。
健康には、人とのつながりが不可欠です。
感染予防のためには、人との距離を2mほどとるソーシャルディスタンスが大切ですが、SNSや電話などで、人とつながることはできます。
「離れて、つながる」ということを学びました。
同時に、自分の人生を振り返り、将来のことや、コロナ後の新しい生き方について考える、そのいい機会をくれたのかもしれません。
【カマタのこのごろ】
ソーシャルディスタンスに注意して生活しています。茅野市の尖石考古館の林で、速遅歩きをしてフレイル予防をしています。