老後資金のために「そろそろ真剣に貯蓄しなきゃな...」と思いつつ、でも実は「お金」について真剣に考えたことはない、という方も多いのではないでしょうか?そこで経済評論家の佐藤治彦さんの著書『お金が増える不思議なお金の話』(方丈社)から、佐藤さんの実体験をもとにまとめた「人生が楽しくなるお金の捉え方」のエッセンスをお届け。まずは身近なところから「お金」について考えませんか?
うずまき商法とペリエ
バーゲンやタイムサービスなどでの「値惚れ買い」に注意している。バーゲン前の7000円もするTシャツを買うのは、心から商品が気に入ったからだ。
値段が高いから、ずいぶんと買うのを躊躇する。よくよく考える。むしろ買わない理由を考える。たとえば、洋服を買うということは、いままである洋服のどれかを着なくなるということだとか、別になくてもこまらないはずだし、とか吟味を重ねる。それでも、欲しいのである。新しいお気に入りは愛用する頻度も高い。こうして100回も着たら1回は70円である。それもおしゃれで気持ちもアゲアゲに楽しむのである。
一方で、バーゲンで7000円のものが2900円。タグに残る7000円の値札にニヤリとしながら2900円で買うときは、半額以下で何か超トクした気持ちになる。買おうという結論を得るためにデザインやフォルムへのこだわりはハードルが思いきり低くなる。つまり、買った理由は商品はまあまあよくて、安さにとことん参ってしまったからだ。
安いことがいちばんうれしいのだから、喜びの頂点はレジで会計をするときだ。これを「哀しき値惚れ買い」という。商品にはそこそこしか惚れていないから100回も着ない。で、20回程度しか着なかったら1回145円である。
商品は買ったときに高いか安いか決まらない。使った後で決まるのだ。安く買うのではなく、安かった買物をするのが王道である。私はいろんな本でそう書いてきた。バーゲンは、実は危険なのである。
ところが、「商品にすごく惚れ込んでいる」×「バーゲンで買う」ことができたら、最強であることもこれまた事実だ。
つまり、7000円でも欲しいくらいの超お気に入りのTシャツを2900円で手に入れて、100回着たら1回29円。お気に入りのおしゃれな気持ちのアゲアゲと、それを得して買ったウキウキで、気分は「買物トランス状態」となる。でも、そんなことはあまりない。
最近、私が気をつけているのは、通販・ネット系ショッピングである。ネットショッピングでは、パソコンやスマホから金が吸い込まれる。家にいて少し酔っぱらって、ショップチャンネルを見たり、ネットのショッピングモールにアクセスするのはとても危険だ。
それでも翌朝覚えていればいいが、品物が届いてから「買ってたんだ!」と驚いてももう遅い。通常の店でのショッピングは返品が簡単だが、通販はそういうわけにはいかない。
昭和の生まれだからか、商品は店で見て買う、さわって買う、比べて買うということを徹底している。それも、可能であればスーパーよりも街の商店で買いたい。専門店で買いたい。洋服や持ちものだけでない。肉、野菜に、くだもの、酒、コメ、魚、お茶や海苔まで、お肉屋さん、八百屋さん、魚屋さんが好きなのである。
たとえディスカウント系だとしても、チェーンでなく個人でやってるところで買いたい。この流通戦争の時代に、ディスカウント店をやってはいるけれど、もともとは八百屋屋だ、酒屋だ、魚屋だと店のルーツがあって、その部門に得意だったりする。もちろん、店の年配の店員なら商品知識も深い。
それが、通販番組などはとにかく口から生まれてきたのかと、日本でも指折りの売ることのプロが商品のプレゼンをする。それを自宅で酔っぱらって、警戒感ゼロのところでやられるのである。危険極まりない。だから、ショップチャンネルも見ないし、さまざまな番組の通販コーナーからは逃げる。ただし、「通販番組に出てみませんか?」と出演依頼されたことは何回かある。断ったけれど。
そんなちょっと頑固な自分なのだが、最近は、ネットで買い物をすることも増えてきた。きっかけは、ペリエである。
私が長年愛飲しているペリエウォーターという炭酸水が、ネットで激安で売られていた。知った商品だから、見る必要も触ってみることも必要ない。どの大きさの缶なのかくらいをチェックするだけ。消費税込みか抜きか、送料を加えたら割高になるのではないか?いろいろと調べた結果、買うことにした。店で買うよりも相当安く、レジに並ぶことも運ぶ必要もないのだ。
さらに、ミネラルウォーター。私は銘柄にはこだわらない。ちゃんとしたメーカーであれば、かまわない。あとは値段と送料だ。で、ミネラルウォーターもネットで買うようになった。近くのディスカウント屋で安く売っていたとしても、重いので買わなくなった。
とくにミネラルウォターは多めに買っておく。2011年の大震災のときに、震源地からは遠い東京の街中からも水が消えた。福島原発の事故も影響しただろうが、まったく消えた。私たちは水なくしては生きていけない。小さな子どもを持っているお母さんが水がなくてこまっていることをTwitterでつぶやいていて、知り合いに家にある水を渡したら、本当に喜んでくれた。水は腐るものではないから、それ以来、水は多めに買っておくことにしてる。
いまはだいたい半年から9か月前に買った水を飲んでいる。つまり、家の在庫として向こう1年分弱くらい置いてある。ネットで安い水が売られていたら買い足す。
こんな感じで、ネットで購入するものが少しずつ増えていった。
失敗したことも山ほどある。有名メーカーのTシャツや下着、靴下が安いので買ったら、お隣の国からのパチものだった。それからは、サイトで買う場合でもメーカー直販のところでしか買わなくなった。
無名のメーカーだが、よさそうなので買った靴がある。で、届いてみるとペコペコでネットの画像と商品説明のウマさに舌を巻いた。サイズも微妙に違う。この商品を買ってしまった理由は、「売り切れる前に買わないと」という焦り感が出てしまったからだ。
ネットショッピングには、同じ商品でも、色合いやサイズでの在庫の有る無し表が載っていたりする。そこで、自分の欲しい色とサイズが残っているのに、他は売り切れマークがついていたりすると、「あ、これは人気で他の人もどんどん買っているのだ」と思ってしまうのである。
たまたまそのときに欲しくて探していた色がオレンジ系の靴で、黒やベージュといった王道系の色のところだけでなくブルーなんかも、在庫なしマークがすでについていた。「これだけ多くの人に支持されているのだから、いい商品に決まっている」と勝手に合点してしまったのである。で、買ったら、ペコペコでダサかった。
商品を見てから疑い始めた。もしかしたら、初めから王道系の色は在庫がなかったり、極少だったのかもしれない。なにせ、黒やベージュが在庫ありマークのときを見ていないのだから。やっぱり、「実際に見ないで商品を買ってはいけないな」と、そう思った。もう、よほどのことがないかぎり、何回か店で買い、自分のお気に入りになっているもの以外は買わないことにしている。
年に何回か、そう決意する。
決意をするときに限ってメールが届く。スペシャルセールのメールだ。クーポンがついていたりする。ひとつの店で6000円購入すると1000円割引というクーポンだったりする。ちょうどペリエがあと10缶くらいで、買おうと思っていたので調べてみた。
48缶で送料込み2852円だった。「48缶も買うの?」とバカにする人がいるのはわかっている。もちろん24缶でも買える。
ペリエの納得いく安値は55円だ。年に1度くらいもっと安いのを見ることもあるが、だいたい55円。ペリエは24缶がワンパッケージとして梱包されているので、1320円。それに消費税がつく。1425円。
しかし、24缶単位で売っている店は2025円くらいだ。送料を考慮しての価格なのだろう。それが、48缶なら送料サービスで2852円。827円多く払えば、もう24缶手に入るのである。だから24缶買うなんていうチョイスは、自分の選択肢にはない。それでも、「そうか、2852円なのか」と思った。
ムムム。微妙である。2852円では当然1000円引きのクーポンは使えない。それどころか、2倍の96缶買っても5704円である。そんなら、2852円でなく3000円で売ってくれるほうがうれしい。そうであるなら、96缶で6000円でクーポンを使って5000円だからだ。ペリエを飲むのはだいたい週に2缶ほど、96缶あれば半年以上持つ。
1000円引きのクーポンは、そのネットモールであれば他の店でも使える。考えられないと思うだろうが、私はネットで、もう少し高くペリエを売っている店を探したのである。安く売ってる店でなく、もっと高く売ってる店を探した。3000円を少し上回るような価格で売ってる店はないだろうか。理想は3001円とか。
ところが、そんな店はない。それに、最低価格はけっこう簡単に探せるのだが、ちょっといい感じに高い価格の店を探す検索機能はない。地道に探さなくてはならない。広大なモールの中で、私は微妙にちょっと高い店を探した。ああ、バカらしい。
30分探したところであきらめた。ちなみにこの送料無料ペリエは48缶単位でのサービスだ。こうして、1000円割引のクーポンを使うために、48缶でも96缶でもなく、144缶買えばいいじゃないかという結論になった。でも、何かペリエを買うというより仕入れている感じだ。週に2本飲んだとして、144缶は72週である。1年と3か月分くらいである。そのあいだにもっと安いペリエが出てきたら悔しいだろうなと思った。
それに、家のどこに144缶のペリエを置くのだろう?ペリエの24缶のカートンが6つ。やっぱり店みたいだ。最終決済のためのリターンキーを叩けなくて、夜も遅かったのに5分間も考えた。
「ファイナルアンサー?」それでもいいから買うことに決めた。僕はペリエが好きなのである。海外旅行に行くときにフライトアテンダントさんから「飲み物は?」と聞かれたら、シャンパンやシャブリやメルローも頼むけれど、必ずペリエを頼んでいる。スパークリングウォーターでない。
ペリエといって頼むくらい好きなのだ。ペリエは腐らない。缶なら長期保存も可能だ。よし、決めた。買う。ペリエ144缶、8556円。1000円引きで7556円だ!
「よし、ファイナルアンサー」と思ったところで、送られてきたクーポンには続きがあることに気づいた。税込み9000円をひとつの店で買うと、2000円引きクーポンがあった。あとたった444円多く買えば、2000円安くしてくれるのである。444円、なんと縁起の悪い数字であろうか!死死死。いや止止止、と買うのをやめろと言ってるのかもしれない。繰り返しのようであるが、あと444円高くして9000円にしてくれれば、1000円引きでなく、2000円引きになるのである。
いや、6000円で1000円引きなら、9000円で1500円引きのクーポンだろう。そうであるなら、こちらの気持ちもこれほどグラグラしない。それが、6000円でなくあと3000円多く買えば、さらに1000円安くしてくれる。つまり、この追加の3000円分の買い物部分はなんと33パーセント引きなのである。
これは見逃せない、やり過ごせない。無視できない。私は、本当は24缶くらいで十分なペリエを48缶でもなく、96缶でも、144缶でもなく、192缶買おうかと真剣に考えた。96週分。もうほとんど2年分である。そうすれば、2000円割引にしてもらえる。なんで24缶買いたいのに、192缶買おうかと悩んでるのだ!クーポンの有効期限はたったの48時間。さすがに192缶のペリエを考えると、頭がクラクラした。192缶のペリエが、僕の脳みその中でぐるぐる跳んでいた。
普通、個人がいくら安いからって、ペリエを一度に192缶、1万1408円も出して買うだろうか?
どんだけ大家族だよ。自分はひとりもんじゃねえか。心というか脳みそに残っている知性というより、良心がそう教えてくれた。
で、とりあえず買うのをやめて長い思考に入った。一度に買っていいペリエの缶の数はいくつまでか?けっして村上春樹の小説に出てくる登場人物は考えないようなことだと
思った。将棋の長考ともまったく違う。「貴重な人生の時間をペリエを何個買うべきかで悩むことに使っていいのか」と思ってバカらしくなって、結局はワインを飲んで寝た。こんなの人生相談に出したらバカにされるだろうなとも思った。
安くなるのはうれしいけれど、「買えば買うほど、お得感が増す」、この手のクーポンの仕組みは最近多い。これを「うずまき商法」と呼ぶことにしている。何か得したいと思う心が、買い物もっと買いの渦の中に巻込まれていく感じがするからだ。
翌日は出かける用事があった。きのうの酒が少し残っていたので、冷蔵庫からペリエを出して飲んだ。これで、あと残りは9缶かと思った。三軒茶屋から渋谷に向うバスの中、一人がけのイスに座わり、外をボンヤリ眺めていたら、ペリエのことを再び考えている自分がいた。
やっぱりペリエは欲しいんだよな。できれば安く買いたいんだよね。ネット通販で運んでもらってね。そして、ペリエは腐らない。すべてに心の中でうなずいた。そして、頭の中で192という数字が再びぐるぐる渦を巻いてた。
バスの入り口付近にスカートの丈の短いJKたちが大声で青春しながら、ヨーグルトドリンクを飲んでいた。
「あ、そうか!単純じゃないか!」
私は答えを見つけたのだ。ひとつの店で一度に6000円とか9000円買えばいいだけで、全部ペリエでなくていいんだ。こんな、あたりまえのことに気がつかなかった。何かと組み合わせて微妙に6000円とか9000円を越していればいいんだ。私はニヤリとした。その瞬間JKと微妙に目が合ってしまい、私はにらみつけられた。どんな疑いをかけられたのであろうか。
私は自分の好きな飲み物を考えてメモっていた。キリンのメッツ(グレープフルーツ味)、サントリー黒烏龍茶、コカ・コーラ(ただしダイエット系でないやつ)、ミネラルウォーター2リットルで割安のもの......。
その日、家に帰ったあと再びパソコンに向った。欲しい飲み物の値段を調べて妥当なものを探すと、黒烏龍茶だけだった。それも、いつも買ってる1リットルのものでなく、350ミリリットルのもの。
24個入りで税込み3343円。送料無料。いい感じである。ペリエ48缶2852円と黒烏龍茶1箱3343円で6195円。ペリエ96缶と黒烏龍は奇跡的な価格だった。9047円。クーポン利用で7047円。私はこの完璧な買物の決済をして、プレミアムビールを空けて一気に飲み干した。
こんなくだらないことに悩みながら、私の人生は暮れていく。
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