同居や介護、相続など、親との関わりがより深まってくる40~50代。でも、それ以前に「親子の関係」がギクシャクしているとまとまる話も、なかなかまとまりません。そこで、親子の間にわだかまりが生まれるのは、「そもそも親に原因がある」と説く人気心理カウンセラー・石原加受子さんの著書『「苦しい親子関係」から抜け出す方法』(あさ出版)から、苦しみの原因と解決策を連載形式でお届けします。あなたのお家は大丈夫ですか?
母親の我慢が不平不満になって子どもに向かう
「自分中心」(自分の心を基準に判断、選択して行動する)と「他者中心」(他者を自分の判断、行動の基準にする)では、コミュニケーションの仕方が根本的に異なります。
自分中心は、自分を基準にしています。だから「私は」という言い方がメインとなります。これを「自分表現」と呼びます。
「他者中心」は、他者を基準にしています。だから「あなたは、君は、お前は」という言い方がメインとなります。意識が相手に向かうのですから、最初の言葉が「あなたは」となるのは至極当然です。
親の時代の家族関係は、ほとんどが他者中心でした。かつての男性上位の傾向は多少薄まったものの、まだまだ男女が対等であるとは言えない時代です。父親は主に会社で我慢して、母親は主に家庭で父親に我慢していました。
無自覚ではありますが、それが当たり前となっていれば、我慢することによって生じる母親の不平不満は、子どもに向かうことになります。
その特徴的な言い方の一つが「でも~」という言葉です。
この言葉の根底にも、「私はこんなに我慢して、あなたにしてあげているのに。わかってほしいのに」という意識が流れています。そして、「でも、(夫もあなたも)わかってくれない」という気持ちが隠れています。親子問題では子どもが一様に、「わかってほしい」と訴えるのですが、それは親も同様で、「わかってほしい」と、果てしなく子どもに求めているのです。
「でも~」で応酬する母と娘
他者中心になって意識が他者に向かっていると、「そうなの」「そうかあ」「そうだね」といった相手の心を汲んで理解を示すような言葉が出てきません。会話によってコミュニケーションをする能力が、ほぼないと言える他者中心世代の親であれば、なおさらでしょう。
例えば娘が、「明日は、どこかに行きたいね」と軽く言ったとしても、即座に「でも」スイッチが入って、母親は、「でも、明日は雨が降るって、天気予報で言ってたからね」などと答えてしまいます。
子どもが幼い頃には、「これをもっとしていたい」と言ったとしても、親が、「(でも)もう家に帰る時間なんだから、これ以上はダメッ!」などと言えば、子どもは黙って従っていました。子どもは決して納得していたわけではないのですが、親のほうは「子どもはわかってくれる」という気分になっていたのでしょう。
もしかしたら、自分の言いたいことだけ言って、子どもの立場を考えることもしなかったかもしれません。そうやって何十年も「でも」を使っていれば、熟練ワザです。
いつしか「でも」がすっかりと板について習慣化してしまい、相手の話を聞いていても、「でも」と反対するチャンス狙っているまでになっているかもしれません。それほど、「でも」という言葉が自動化されてしまっている親も多いはずです。
ところが、現実には、娘のほうも、母親から「でも」の洗礼を受け続けています。子どもの頃こそ抵抗できずに黙って従っていたものの、今となっては親の「でも」が、苛立ちを惹起します。
そして、娘も、母親の言動パターンを学習しながら育っているために、つい「でも」と言ってしまいます。子どものほうも「でも」という言葉を自動的に使うようになってしまっているのです。
そうやって、互いに、「私のことをわかってほしい」と求め合いながら「でも」で応酬するのですから、争いが激化しないわけがありません。
とりわけ母娘関係のほうが強烈に「私をわかってほしい」と相手に求めてしまう傾向にあります。しかもその奥には、無意識にですが、同性としてのライバル意識や嫉妬心も同居しているのです。
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