【虎に翼】ついに最終回。現代に繋がる膨大な課題を描いた"意欲的な朝ドラ"があえて「描かなかったこと」

【前回】朝ドラ視聴者が気にしていた「彼女」の悲しい結末。本作が何度も伝え続けたメッセージは...

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「本作が描かなかったこと」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

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NHK連続テレビ小説『虎に翼』の最終週となる第26週では「尊属殺」「少年法」それぞれの問題に終止符が打たれる。

父親からの長年の虐待と性暴力の末に子どもを産まされ、自分の人生を取り戻そうとしたときに監禁・暴力に遭い、父を殺した美位子(石橋菜津美)。その弁護を引き受けたよね(土居志央梨)は「尊属殺」の重罰規定が憲法違反だと最高裁の大法廷で断言。寅子(伊藤沙莉)と共闘するかのように「はて?」と疑問を呈し、「もし今もなお、尊属殺の重罰規定が憲法第十四条に違反しないものとするならば......無力な憲法を、無力な司法を、無力なこの社会を嘆かざるを得ない。著しく正義に反した原判決は破棄されるべきです」

これは23年前に穂高教授(小林薫)が声をあげた問題であり、「時期尚早」と言い続けた最高裁長官・桂場(松山ケンイチ)がついに原判決破棄の判決を言い渡す。歴史が大きく変わった瞬間であり、桂場はその翌月、定年を迎えて裁判官人生を終える。奇しくもこの放送の翌日、冤罪によって自由を、人生を奪われ続けた「袴田事件」の袴田巖さんが静岡地方裁判所で58年越しの無罪判決を言い渡され、裁判長が謝罪。「世界最長の死刑囚拘留事例」は、司法のあり方、社会のあり方を問うものでもある。

一方、寅子は補導された美雪(片岡凛)の審判を担当。美雪は美佐江(片岡凜=2役)の娘で、かつての美佐江と同じ問い「どうして人を殺しちゃいけないのか」を寅子にぶつける。美佐江が救えなかった悔いをずっと抱いていた寅子は、長い間考えてきた自分なりの答えを伝える。理由がわからないからやっていいのではなく、わからないからこそやらない、奪う側にならない努力をすべきだということ。美佐江は特別だが、それは全ての子どもたちに言えることで、美佐江を恐ろしいと思ったことが誤りだったこと。理解できなくても話をして寄り添うべきだったこと。美雪は試験観察の末に祖母と一緒にいたいと本音を話せるようになる。

そして、「少年法改正」の議論では、少年法対象年齢の引き下げが見送られ、現在まで議論が繰り返されている。そうした中、忘れてはいけないのは、多岐川(滝藤賢一)の唱えた「子どもたちへの愛に溢れた、血の通った話をすること」と改めて気づかされる。

最終話で描かれたのは寅子の"死後"。彼女の思いが「法=人が人らしくあるための、尊厳や権利を運ぶ船。社会という激流に飲み込まれないための船」として、家族を、後の市井の人々を見守る姿が描かれる。これは『カーネーション』のヒロイン・糸子の「おはようございます。死にました」のオマージュだろう。

『虎に翼』は「透明化されている人をエンタメで描く」ことを掲げ、女性、外国人、同性愛者、障害者など、多様なマイノリティを描いてきた大変な意欲作だった。半年という膨大な尺をもってしても全ての差別を十分に描き切るのは難しい。「盛り込み過ぎ」「法曹の世界をもっと描いて欲しかった」などの声があるのも当然だろう。

その一方、「描いたこと」でなく、「描かなかったこと」「選ばなかった選択肢」のほうに目を向けると、この作品の思いがより一層際立つ。

1つは、「結婚・出産=幸せ」としなかったこと。結婚しても良いし、しなくても良い。子どもを産んでも良いし、産まなくても良い。それは個人の自由で、美化したり神聖視したりするようなものじゃない。

同様に「恋愛=美しいもの、必要なもの」としなかったこと。序盤では衝突するよねと轟(戸塚純貴)の恋愛展開を予想する人もいたが、よねと轟が共に本音をさらけ出し、信頼し合う関係を築いたこと。後には美位子、そして多くの女性たちの思いを背負い、大法廷で乱暴な言葉で怒りを表現するよねに代わり謝罪、その上で「行け! 山田!」と援護射撃する轟に多くの視聴者が涙した。

その一方で、未亡人となった花江(森田望智)が後に誰に嫁ぐでもなく、直道(上川周作)を生涯愛しつづけ、「猪爪家の花江」の幸せを生き抜いたことも素晴らしい。

また、「思ってることは口に出した方が良い!」(by直道)として、声をあげることの大切さを描きつつも、声をあげられない人達の思いをすくいあげ、分断しなかったこと。

また、「許すこと」を強いなかったこと。女性法曹の道を作り、引き上げてくれ、父も救ってくれた穂高先生(小林薫)に感謝も親しみもあるのは確か。しかし、妊娠を機に善意から排除したこと、女性たちを切り捨てる権力者への怒りがあるのも確か。それは別の感情であり、共存しうるものであり、恩義によって負の感情を飲み込み、許さなくても良いとされることで、救われる思いや解放される人が存在するのだ。

同様に、必ずしも「家族は良いもの」「家族は好きでなければいけない」としなかったこと。朝ドラではどんなクズ父も"憎めない父"として最終的に許すケースが多かったが、これは現に家族という呪縛で苦しめられている人を救うメッセージとなる。

そして、「何者かになる」ことを求めなかったこと。

優未(川床明日香)が少ない椅子争いで好きな寄生虫の研究を嫌いになりたくないと言って大学院を中退したとき、寅子がその選択を肯定し、優未の未来について「地獄」という言葉を使ったことに違和感があった。だが、優未を心配する寅子に、やりたいこと好きなことがたくさんある、何にだってなれる最高の人生で、最高に育ててもらったという優未の言葉は、親として未熟な寅子に、そして子を持つ者への大きな気づきとなったろう。

個人が個人として尊重され、誰もが好きに生きられることを終始一貫して描き続けた『虎に翼』。描き続けたことと、描かなかったことの表裏に誠意と覚悟を感じ、改めて心打たれるのだ。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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