【虎に翼】権力化する寅子(伊藤沙莉)の足元が揺らぐ...名声を得たヒロインにもたらされた「副作用」

【前回】なぜ寅子(伊藤沙莉)は怒り続けたのか? 恩師・穂高(小林薫)への「許さない宣言」に視聴者から賛否

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「ヒロインの権力化」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

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NHK連続テレビ小説『虎に翼』の第15週「女房は山の神百石の位?」では、寅子(伊藤沙莉)が女性裁判官として注目され、のぼりつめていく一方、家庭という足元が揺らぐ問題が描かれた。

アメリカ視察から戻った寅子は、あからさまに調子に乗っている。サングラスを得意げに装着し、花江(森田望智)には美容クリームと英語で書かれた料理の本、子どもたちにもお菓子と本を土産に選ぶという自己本位ぶり。しかも、「花江なら読めるわよ」の一言が寅子の嫌な感じにダメ押しをする。これ、花江を「料理をする人=家を守る人」という役割のみに押し込みつつ、「美」も「教養」も妻に要求する傲慢なエリート夫そのものではないか。しかも、家族に向かって「お金は私が十分、家に入れてるんだから」と笑顔で言ってのける。

ラジオ番組でも女性の社会進出について堂々と語り、修習生たちを相手に、自分たちの苦労と比較し、「あなたたちは恵まれてるんだから、頑張らなきゃね」とまで言う。

「金を稼ぐこと」と「評価されること」による全能感と、それによってもたらされる副作用とも言うべき視野狭窄は、決して性別による違いではない。

ただし、エリート銀行員だった父は、妻や子にこんな偉そうな態度をとらなかったのに......とも思う。寅子は気づけば男社会の中で、自分が強く拒絶していた「女であることの特別扱い」を無自覚に享受していて、無自覚に女性や子どもなど弱い立場の人に上からモノを言い、スンッとさせる権力側になっている。

花江の不満に対し、「言ってくれないとわからない」「こっちは家族のために毎日必死で働いてるのに」と返す寅子。このやりとり、既視感があり過ぎて耳の痛い人も多いことだろう。

それでいて面白いのは、不貞行為で夫から離婚の訴えを起こされた女性(美山加恋)に、女の味方じゃないのかと問われると、女性の味方でも男性の味方でもない、法に基づいて平等に、不貞に男女の差はないという「正論」を語ること。外では正論と理想を語るのに、私的領域では「良かれと思って」不平等を押し付けるのは、妊娠した寅子を親切心で法曹から排除しようとした恩師・穂高(小林薫)とそっくりではないか。

「恵まれた場所から偉そうに」と寅子に刃物を向け、襲い掛かろうとした女性のエピソードは、モデルとなった三淵嘉子が高齢女性に刃物を向けられた史実をもとに描かれている。それにしても、寅子が進む穂高的な「出がらし」化への道――「権力化」と、それによるリスク、そこに私的問題まで重ね合わせて描くとは、凄い脚本だ。

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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