【虎に翼】なぜ寅子(伊藤沙莉)は怒り続けたのか? 恩師・穂高(小林薫)への「許さない宣言」に視聴者から賛否

【前回】花江(森田望智)を追い詰めた「ワンオペ」問題...今週残された複数の「モヤモヤ」は今後回収されるのか

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「『公』の問題、『個』の問題」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

 【虎に翼】なぜ寅子(伊藤沙莉)は怒り続けたのか? 恩師・穂高(小林薫)への「許さない宣言」に視聴者から賛否 pixta_69486099_M.jpg

NHK連続テレビ小説『虎に翼』の第14週「女房百日 馬二十日?」は、日本国憲法が掲げる「法の下の平等」に反するものとして、現在は削除されている刑法第200条「尊属殺」の問題を軸に、寅子が手掛けた離婚調停と、最高裁での「尊属殺」の問題、寅子と恩師という「法の下につながる父子」、寅子と娘という「家族」が平行して描かれた。

「尊属殺」とは、祖父母・両親・おじ・おばなど、親等上父母と同列以上にある血族(尊属)を殺害すること。通常の殺人罪では3年以上―無期懲役または死刑とされているのに対し、尊属殺人罪は無期懲役または死刑のみと、より重いものになっていた。それがどう描かれるのか......。

今週から星朋彦長官(平田満)の息子で裁判官の新キャラ・星航一(岡田将生)が登場。出会いのきっかけは、寅子(伊藤沙莉)が朋彦の本の改稿作業を頼まれたこと。寅子が仕事抜きで法律と向き合う充実の時間を過ごす一方、家族との時間は減っていく。

長官は本の出版を前に亡くなるが、寅子は自分の名前が「補修」として記載されたことで、法律の本を出したいと言っていた優三(仲野太賀)の夢を代わりに叶える。正直、通常の朝ドラだったら、恋の予感が漂う新キャラと、亡き夫の夢とで1週間作るだろう。

しかし、今週のメインテーマは、「尊属殺」「親子」だ。

寅子(伊藤)は日本人男性とフランス人女性の離婚調停を担当。二人の子・栄二(中本ユリス)は窃盗事件を起こし、両親とも親権を手放したがっており、寅子は栄二にとって良い道を探す。やがて寅子たちは、栄二が両親のどちらでもなく、栄二自身が希望した父の姉と一緒に暮らす前提で、窃盗事件も保護観察となり、父が親権をとるという結論を導く。「実の親が一番」という道徳の矛盾を打ち砕く、現実に即した合理的結論だ。

そんな中、寅子は穂高(小林薫)の最高裁判事退任を知らされ、桂場(松山ケンイチ)に打診されたことから、退任記念の祝賀会を手伝うことに。寅子にとって穂高は、女性法曹の道を作ってくれた人である一方、妊娠・出産の際に良かれと思って「母」であることを優先するよう促し、女性法曹の道を行く「雨だれの1滴」として切り捨て、法の道から排除した人でもある。

そのわだかまりがいつ解消されるのか気になっていた視聴者は多かったろう。しかし、その思いがけない「決着」のあり方は、大いに賛否が分かれるところとなった。

祝賀会の挨拶で、亡き朋彦が自らと穂高を称して言った「出がらし」という言葉を使い、自虐して、「1滴の雨だれに過ぎなかった」と語った穂高。しかし、これを聞いた寅子は激怒。花束贈呈の役割を放棄し、外に飛び出してしまう。

さらに追ってきた穂高が、謝っても反省しても許さない寅子に、自分はどうすれば良かったのかと聞くと、「どうもできませんよ!」と怒りをぶつけ、言う。

「先生が女子部を作り、女性弁護士を誕生させた功績と同じように、女子部の我々に、報われなくても一滴の雨だれでいろと強いて、その結果、歴史にも記録にも残らない雨だれを無数に生み出したことも」

さらに、感謝はするが許さない、納得できない花束は渡さないとまで言ってのける。

これはさすがに言いすぎだ、なぜそこまで怒るのかわからない、穂高が可哀想という多数の声の一方、スンッとしない、わきまえない寅子を「よく言った」と称賛する声もあった。

正直、穂高の挨拶は、自虐まじりの反省に見えて、自らを「1滴の雨だれ」などと評することで、自分が男性という優位性と教授という地位を持つ権力側だったにもかかわらず、弱者側の顔をして見せる狡猾さがある。決裁権のある人間が自らの選択の失敗を「みんなの失敗」として、自分の荷を軽くしようとするようなものだからだ。

それに対する寅子の怒りも失望、幻滅もある程度仕方ない。と同時に思い出されるのは、家計のために寅子に優三の戦病死の報せをずっと内緒にしていた父・直言(岡部たかし)のことは、自分をいつも褒めてくれたなどの理由で許していたことだ。

穂高は女性法曹の道を作ってくれたのみならず、寅子にとって初めて話を遮らずに聞いてくれた大人であり、直言を贈収賄容疑から救ってくれた、恩義のある人でもある。

しかし、そうした愛情と尊敬があってもなお、ここまでの怒りをぶつけるのは、寅子の「個」よりも「公」の部分――個人的な恨みではなく、道を切り拓くために利用され、去って行った仲間たちなど女性の思いを背負っての女性法曹を優先させた憤りなのだろう。

しかし、「法の正しさ」を優先して餓死した花岡(岩田剛典)の例を見るように、公を優先して個を殺す報いは、自分自身に返ってくる。よね(土居志央梨)も寅子も、断定的な物言いで相手を拒絶するが、「許さない」宣言は、後に自分自身を苦しめることも多々ある。

傷つけられた傷は当然深いが、自分がやられたこと・言われたことの傷は徐々に回復する一方、自分が言ってしまった・やってしまったことの悔いはずっと消えず、ときには傷が膿んで全身に広がることもある。まして相手が亡くなってしまった場合、取り戻せない悔いになることもあるが......。

しかし、本作では幸い穂高が寅子を訪ねてくれ、遠慮なく思いをぶつけ合った後に穂高は逝った。尊属殺の最高裁の判決に穂高はこんな反対意見を記していた。

「道徳の名の下に、国民が皆平等であることを否定していると言わざるを得ない。法で道徳を規定するなど許せば、憲法14条は壊れてしまう。道徳は道徳、法は法である。今の尊属殺の規定は、明らかな憲法違反である」

これは寅子が家族の前で語った「尊属殺のおかしいと声を上げた人の声は決して消えない。その声はいつか誰かの力になる日がきっと来る。私の声だって、みんなの声だって決して消えることはないわ」という言葉とも呼応するもの。奇しくも東京都知事選を前に、この言葉に勇気づけられた人たちがSNSでは散見された。

しかし、「公」を「個」より優先してしまう寅子に、娘のSOSの声は届かないという皮肉。次週は寅子が気づかぬうちに進んでいた「個」の問題が噴出しそうだ。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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