【前回】「私はどうすればよかったの?」寅子(伊藤沙莉)の「正しさ」が地獄を加速させる展開に脱帽...
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「寅子の新たな一歩」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
視聴者の予想も期待も幾度も超えてきた吉田恵里香脚本×伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』。第9週「男は度胸、女は度胸?」では、予告から第1話につながることが見えていた。しかし、第1話の景色の「真実」は、あまりに予想外のものだった。
昭和20年。寅子(伊藤)と娘・優未、花江(森田望智)と子どもたちは疎開により空襲を逃れるが、花江の両親は亡くなり、さらに直道(上川周作)の戦死の報せが届く。まもなく日本は終戦。しかし、それで終わりではない。実際、日本軍の死者の9割は1944年以降に絞られ、その半数ほどが病死、特に餓死であったことが戦死研究で明らかになっている。
寅子らが疎開先から戻ると、直言(岡部たかし)の軍需工場は廃業状態で、直言は体調を悪くしていた。猪爪家は着物などを売っては闇市で食べ物を買い、飢えをしのぐ日々。妊娠・出産で弁護士を辞め、六法全書と共に「はて?」を封印した寅子は、さらに日常を否応なく侵食・蹂躙する戦争によって感情すら失っているように見える。
そんな中、直明(三山凌輝)が戻ってきた。帝大に行くために勉強してきた優等生の直明は、大学に行かず、家族のために働くと言う。違和感を覚える寅子だが、弁護士に復帰できる見込みはなく、直明とマッチ作りをし、はる(石田ゆり子)と花江の繕い仕事で何とか暮らすのが現実だ。
終戦から1年が過ぎた秋。直言が倒れ、寅子は優三(仲野太賀)の死亡告知書を見てしまう。だが、直言は栄養失調と肺炎でみるみる衰弱し、寅子は感情を失ったまま。
しかし、そんな寅子の背中を叩き、膠着状態の猪爪家を解きほぐし、正常化させたのが、かつて「スンッ」の象徴に見えた花江だ。自分が長くないと悟り、寝室に家族を呼んだ直言が、夫を亡くした花江の今後について話すと、今話すべきことはそれじゃないとピシャリ。直言がしたことは本当に酷い、許せないと言い、寅子に向き合うよう諭す。「お父さんとは生きてるうちにお別れできるんだから」と、両親と夫を失った花江が言葉にする強さ。
すると、直言は土下座し、謝罪する。しかし、そこで語られたのは、寅子が倒れたら家が立ち行かなくなるからという自分勝手な理由だった。さらに家族・視聴者から一斉に「はて?」ならぬ「はぁ!?(怒)」が飛び出す間もなく、「懺悔」が続く。
本当は寅子の相手が優三ではなく花岡(岩田剛典)が良かった、花岡の身元調査をした、共亜事件のとき寅子がしつこくて腹が立った、残業と嘘をついて酒を飲んでいた、直明が優秀過ぎて本当に自分の子かと疑った、花江が強くなって嫌だ、直道とこっそり寿司食べた、寅子が見合いに失敗して喜んだ、高い高いして優未を鴨居にぶつけた、直道が死んだ後に闇市で酒をこっそり買った.........。
正直、直言が直道の死を妻・花江でなく寅子に伝えたことに違和感を覚えた人もいただろう。花江に伝えることが残酷すぎてできなかったから、いつまででも直道と寅子が自分の可愛い子だからなど、様々な推測があったが、おそらくどれも正解だろう。直言は予想以上に「現実」と向き合えない、弱くてダメな父親なのだ。
その一方、寅子と一緒に新聞を読み、寅子の「はて?」の源泉となり、寅子が法曹の道に進むことを家族で唯一応援し、寅子をいつでも可愛い・すごいと褒め、自己肯定感を高め、強くて正義感溢れる寅子を作ったのも、直言だ。
悲しみと怒り、呆れと脱力などの複雑な感情を全部家族に押し付け、自分は一生分懺悔してスッキリした様子で寝る直言。唖然とする息子と嫁、花江が代わりにぶち切れてくれたことで父と向き合い、モヤモヤが解消される寅子、直言がそういう弱くてダメな人だと知っていた、呆れと愛情を含む表情で見守るはる。全員の顔が実に雄弁だ。
数日後に直言は息を引き取り、ある日、優三の最期を知る男が訪ねてくる。復員を待つ収容所の病室で隣のベッドだったと言う男は、寅子が優三に渡した手作りのお守りを返す。男が危険な状態だったとき、優三は寅子がくれたお守りを、絶対にご利益があるからと渡し、その後、自分は死んでいったのだ。寅子のお守りの効果を本気で信じていたことも、それを苦しむ人にあげてしまい、自分の分がなくなってしまうのも、最期まで優しい優三らしい。
優三の死という現実が突き付けられた寅子に、はるは、大切な人を失ったとき、これ以上心がズタズタになる前に立ち止まってゆっくり死と向き合うようにと、自分のためだけに使うお金を渡す。
闇市で焼き鳥を買うが、食べられず、立ち去ろうとする寅子を、焼き鳥を包んだ女性店主が追いかけてくる。河原に腰を下ろし、泣きながら焼き鳥を食べる寅子。包み紙の新聞紙には「日本国憲法」の文字があった。翼をもがれ、心を失っていた寅子は、なんと日本国憲法の交付・施行すら知らなかったのだ。寅子は憲法13条、14条に目を落とす。そこには、優三がいた。
「トラちゃんができるのは、トラちゃんの好きに生きることです。また弁護士をしてもいい、違う仕事を始めてもいい、優未のいいお母さんでいてもいい。僕の大好きな、何かに無我夢中になってる時のトラちゃんの顔をして何かをがんばってくれること。いや、やっぱりがんばんなくてもいい。トラちゃんが後悔せず心から人生をやりきってくれること。それが僕の望みです」
ここまでずっと第1話での寅子の涙は、共に闘い、去って行った仲間たち、闘う手段も場所も得られずにいる多くの人々の無念を思う涙だと思っていた。しかし、失った、たった1人の愛する人を思う涙だったとは。ここで寅子はようやく優三の死と向き合い、泣くことができた。
そして、寅子が再び飛ぶための翼を与えてくれたのが、優三であり、全ての人に向けられた基本的人権の尊重を掲げる「日本国憲法」だった。
寅子は家族を集めて憲法を読み上げる。自分が大黒柱にという直明には「そんなものならなくていい。男だからってあなたが全部背負わなくていい。そういう時代は終わったの」と言い、大学に行くよう勧め、「私の幸せは、私の力で稼ぐこと。自分がずっと学んできた法律の世界で」と宣言する。かくして寅子は翼を取り戻し、新たな一歩を踏み出す。
ちなみに、焼き鳥を手渡してくれた女性はおそらく朝鮮の女性で、だとすれば、日本国憲法の「すべて国民は」に当てはまらないという事実。しかも、自民党の改憲草案では、寅子が感動で涙した内容が変更され、時代が逆戻りするリスクをはらんでいる。「平等」のなんと遠く、難しいことか。