化粧水には"弱酸性"をうたう商品が多いですが、日本で最初に弱酸性化粧水を販売したのは『明色シリーズ』でおなじみの桃谷順天館グループ 株式会社明色化粧品です。発売から80余年たついまも愛される理由を、同社の佐中みぎわさんと田﨑久美子さんに伺いました。
明明色シリーズの基本アイテム。「奥さま用クリンシン(100g)」でメイクを落とした後、化粧水(170ml)、乳液(158ml)、クリーム(60g)(各700円+税)を。
「『明色 奥さま用アストリンゼン』の前身として、『明色アストリンゼン』があります。日本初の弱酸性化粧水である『明色アストリンゼン』は、創業者である桃谷政次郎(ももたにまさじろう)の次男・幹次郎(かんじろう)が世界の化粧品界を視察した際、収れん作用(※)を持つ化粧水が日本にないことを知り開発を始めました」(田﨑さん)。
※収れん
皮脂の分泌をコントロールし、肌を引き締めたりする作用で、そのような効果を有する成分を収れん剤(アストリンゼント)といいます。
「フランスから持ち帰った化粧水を研究し、日本人の肌に合う商品をと改良を重ね1936(昭和11)年に発売。後に製法特許を取得。1955(昭和30 )年には業界売上第1位を記録する大ヒットとなりました。洗顔後、肌を引き締めてからお化粧する美容法が知られるようになり『明色アストリンゼン』は必須アイテム的な扱いだったそうです」(田﨑さん)。
肌は本来、弱酸性の状態が良いとされています。なぜなら、肌がアルカリ性に傾くと肌のバリア機能が弱まり、肌トラブルを招きやすくなるため。『明色アストリンゼン』には、洗顔でアルカリ性に傾いた肌を素早く弱酸性に戻すバッファ効果という作用があり、使うことで毛穴が引き締まり肌のキメが整います。
「そんな化粧水製造技術を生かして開発した『明色 奥さま用アストリンゼン』は"肌に必要な成分"とそれを"届けるための成分"、そして"持続させる成分"と、肌を整えるために必要な成分だけを厳選したシンプルな処方です。お使いいただく際は、洗顔後すぐ、手でしっかりと肌に押し込むようにつけていただき、その後、乳液やクリームでフタをします。軽いつけ心地がお好みの方には『奥さま用乳液』を。しっかりもっちり保湿したい方には『奥さま用クリーム』の併用がおすすめです」(佐中さん)。
この春からは、明色シリーズのパッケージがリニューアル。美人画で知られる竹久夢二のイラストとともに、肌質に合わせて商品を選びやすいよう、分かりやすく特長が明記されています。早速、毎日のお手入れに取り入れてみてはいかがでしょう?
「明色 奥さま用アストリンゼン(化粧水)」は、最初に手のひらで顔全体にたっぷりとのばします。適量をなじませたら、両手で顔全体を包み、10秒ほど押し込みましょう。
「明色 うす化粧乳液」(158ml 750円+税)は薄づきのファンデーションとしても使えて便利。1回の量は500円硬貨程度を目安に。
大正ロマンを思わせるパッケージ
明色シリーズのパッケージには、大正ロマンを代表する画家・竹久夢二の美人画が。
◆明色シリーズの歩み
1885(明治18)年
桃谷政次郎、紀州・粉河(現・和歌山県)で写真の桃谷順天館を創業。
創業者・桃谷政次郎がにきびに悩む妻のために作った「にきびとり美顔水」が大ヒット。「美顔」を商標として、全国に名を馳せる。
1932(昭和7)年
化粧を落とす油成分入りの洗顔クリーム「明色クリンシンクリーム」発売。これが、明色ブランドの始まりとなる。
1936(昭和11)年
「明色アストリンゼン」を発売。日本の弱酸性化粧品の先駆けとなり、化粧水の代名詞となる。
1969(昭和44)年
「明色 奥さま用アストリンゼン」を発売。お肌の曲がり角を感じ始めた女性に。シンプルに必要なものだけを届ける処方。
取材・文/笑(寳田真由美) 撮影/松本順子