高齢になると「面倒だから」「誰も見ないから」と、だんだん化粧から遠ざかる人が多いようです。でも、実は化粧には健康寿命の延伸や生活の質「QOL=Quality of life(クオリティ オブ ライフ)」を保つことに密接な関係があることがわかってきました。医学博士で介護福祉士の資格を持つ資生堂の池山和幸さんに詳しい話を伺いました。
美しさ? 健康? 高齢の親と、その子で違う優先順位
外に出て働いている現役世代にとって、化粧や身だしなみは人前に出る社会人として当然のこと。でも、第一線を退いた両親世代にはもう必要ない、と思っていませんか。
「実はその考えが親の健康寿命を縮めているかもしれませんよ」と、池山さんは指摘します。
「高齢女性にありがちな話を例にあげてご紹介します。車椅子を使うなど体が不自由になった母親が『お化粧をしたい』と子どもに訴えた場合、息子はどうするか。大抵は何を用意してあげればいいかわからないし、恥ずかしくて買いにいくこともできない。なので聞かなかったことにしてしまいます。では、娘ならどうか。何を用意したらいいかはわかっていますが、お金をかけなくていいだろうと100円ショップで購入したものやケースのないリフィル(詰め替え用)を用意するケースがあります。お母さんにしてみたら、どちらもガッカリです。
お母さんは『きれいでいたい』と望み、子どもは『いや、もう年なんだからとにかく健康でいてほしい』と望む。美しさか、健康か。親子で優先順位が異なるんですね。なぜなら、化粧は気持ちが華やぐなどの心理的な効果しか知られていなかったからです。でも、化粧で美しくなると同時に健康にもなれるとしたら――。私が "化粧療法"に取り組んだのは、この親子で異なる優先順位を覆したいと思ったからです」
女性にとって化粧が変わるタイミングは60~70代
そういえば最近、お母さんの基礎化粧品減ってないな、使ってないのかしら......。以前は眉を描いたり口紅を塗ってたのに、ここのところやってないみたい......。そう気づいたら、要注意です。女性が化粧から遠ざかり始めるのは、「60代から70代の20年間」だと池山さんはいいます。
「この20年の間は、仕事を辞める、病気をする、夫が亡くなる、などさまざまなことが起こりやすくなります。そして、そのどれかがきっかけで化粧――メイクだけではなくスキンケアやハンドケアを含みます――をしなくなってしまうことが多いのです。
そして、化粧をしなくなると、おしゃれをしない、外出しない、人と会わない、社会参加しない、自分や他人への関心が薄れる、などの悪循環につながってしまうため、体力が落ち、筋肉・筋力が衰え、さらに食欲が落ちて弱っていく虚弱状態を招いてしまいます」。これでは、「親には健康でいてほしい」という子どもの願いもかないません。
高齢者はみんな化粧しなくなるから、うちの親だけが特別というわけではないはず、という思い込みは危険です。高齢女性がどこまで化粧をしているか。野村ヘルスケア・サポート&アドバイザリーが2010年に60~80代の健常な女性を対象に行なった調査では、以下のような結果が得られました。
(資生堂調べ)
「高齢者の生活機能とQOLを支える化粧のちから~粧うことで健康寿命を目指す~」野村ヘルスケア・サポート&アドバイザリーより
多くの女性が、スキンケアでは化粧水(96.7%)と乳液(80.2%)を使い、メイクでは口紅(92.8%)やファンデーション(87.4%)を使っています。化粧頻度は、毎日すると回答した女性は、スキンケアでは91.2%、メイクでは51.8%でした。
また、資生堂も「65歳以上の女性の化粧行動」という興味深い調査を2010年に行なっています。
65~85歳の健常高齢者264人のうち、93.9%はスキンケアもメイクも行なっているのに対し、65~102歳の要介護高齢者211人のうち、70.6%はスキンケアもメイクもしていないと回答しています。
「つまり、この2つの調査からわかることは、高齢であっても健康な女性は化粧をしている、という事実です。そして、要介護高齢女性がスキンケアもメイクもしていないのは、身体機能の低下によるものだけではなく、冒頭にあげた"子や周囲の無理解"があるといっても過言ではありません。このように、化粧と健康には実は密接な関係があるのです」と池山さん。
化粧をしないと要介護につながる
もちろん、これは女性だけに限りません。男性もひげを剃ったり、髪を整えたりと身だしなみに気をつかっていた人が、だんだんと構わなくなり、表情が乏しくなっていったら要注意です。
「上でも少し触れたように、心の状態は健康寿命に影響します。心の状態がよくないと、元気が出ない、人と会うのが億劫、外出の機会が減る、と生活意欲が低下し、身体機能もどんどん衰えていきます。また、家に閉じこもったまま、話すこともなく過ごしていると、脳の認知機能は衰える一方で、認知症の発症率が高まります」
美しくなくてもいいから、健康でいてほしい。そんな子どもの思いが、いくつになっても身ぎれいにしていたいという親の願いを二の次、三の次にしたあげく、健康寿命を縮めているとしたら......本末転倒もいいところです。
「親にはいつまでも元気に快適に暮らしてほしい、と願うなら、まずは化粧をしているか、身だしなみに気をつかっているか、をチェックしてみてください。そして、もししていないようなら『化粧してみたら? 健康になれるだけじゃなく、きれいになれるんだから』と子どもの側から積極的に声かけをしましょう」
次の記事「要介護者が自分で食事、排泄ができるようになる? 高齢者の自立を促す「化粧療法」とは?(2)」はこちら。
取材・文/岸田直子
池山和幸(いけやま・かずゆき)さん
資生堂ジャパン株式会社CSR・コミュニケーション部マネージャー、医学博士・介護福祉士。京都大学大学院医学研究科にて学位取得。「高齢者と化粧」をキーワードに多岐にわたり研究。