視聴率低下やインターネット配信の課題、不適切予算問題などで将来が気になるNHK。今後、受信料の値下げやBS放送のチャンネル統合も予定されています。今回は、テレビやラジオをはじめ放送業界に精通している、立教大学社会学部 部長の砂川教授にお話をお聞きしました。
この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年8月号に掲載の情報です。
インターネット配信に参入したいNHK
来年3月末、NHKは現在のBS放送のうちBSプレミアムをBS1と統合して、1チャンネル減らす予定にしています。
ラジオ放送も削減を検討するのと並行して、受信料についても今年10月から値下げを行う予定です。
NHKはどのように変わっていこうとしているのでしょうか。
放送業界に詳しい砂川浩慶先生は「NHKが目指しているのは通信業界、つまりインターネット配信に参入していく改革です。いまの学生たちのほとんどはNHKの番組を見ておらず、民放の番組も電波をテレビで受信する形ではなくインターネット配信で見ています。この状況が続き30年後には、いまのような受信料だけでは経営が成り立たなくなるでしょう」と話します。
NHKは公共放送を担うために設立された特殊法人です。
インターネットによる配信は、法律上ではNHKが必ず行わなければならない業務ではなく、さらにNHKのBS放送番組はいまの規定ではインターネット配信を行うことができません。
「NHKは通信事業の位置付けを、必ず行わなければならない必須業務へと変える必要がありました。そのため、管轄する総務省や、大手メディアの手綱を握りたい与党・自民党、NHKが通信事業に乗り出すのは民業圧迫だと責め立てる既存の民放・新聞といったメディアなどを納得させるために、この10年間ずっと調整を繰り返してきました。今回のBS放送の1波削減や受信料の値下げも、その一環です」と、砂川先生。
受信料とBS放送はどうなる?
今年10月から、受信料が値下げに
※学生への免除は拡大する。
来年3月末に、BS放送を1チャンネル削減して統合
2025年度に、ラジオ放送の1チャンネル削減を検討?
受信料値下げは歓迎すべきこと?
受信料の値下げは視聴者にとってはうれしいことかもしれません。
ただし砂川先生は、「値下げと言っても、月に100〜200円程度です。それより、チャンネルが減ることで見たい番組がなくなったり番組の質が下がったりすることの影響の方が大きいかもしれません。この点は視聴者も注意しておく必要があると思います」と言います。
BS放送で番組を見られなくても、代わりにインターネット配信で視聴できるのなら問題ない、と考える人もいるかもしれません。
「しかしBS放送の番組をインターネット配信できるようにする一連の調整の中で、前田晃伸会長(当時)や一部の理事たちが大きな問題を起こしてしまいました」と、砂川先生。
それが、下で紹介している「約9億円の不適切な予算」の問題です。
「しばらくの間、NHKの改革は思うようには進まないかもしれません」(砂川先生)。
NHKはこの先どうすべきなのでしょうか。
「問題なのは、BS放送の番組をインターネット配信したからといって、長期的には新しい契約や収益につながるとは考えにくいことです。それよりも、過去のニュース映像の記録を有料で開放したり、新しい放送技術を公開したりというように、行政や政治、関連業界ではなく、視聴者の方を向いたサービスを充実させていくことが必要なのではないでしょうか」(砂川先生)。
確かに、自分の誕生日や記念日に何が起こっていたかが分かるニュースなどは見てみたくなります。
NHKにしかできないサービスに期待したいですね。
約9億円の不適切予算問題とは?
どんな経緯で起きた問題?
NHKは地上契約を結んでいる視聴者向けのインターネットでの動画配信サービス「NHKプラス」を運営していますが、BS放送の番組をインターネット配信することは、まだ事業として認められていません。
「NHKの予算は、通常は11月から12月にかけて総務省と折衝し、年明けの通常国会の審議を経て認められる、という流れになります。今回問題になったのは、総務省には黙ったままBS放送の番組をインターネット配信するための予算約9億円を2023年度予算に勝手に盛り込んで国会に提出していたことが発覚したことです」(砂川先生)
問題が起きた原因は?
「すでに頭打ちの状態である地上契約と比べると、衛星契約(BS)は伸びしろもあって優秀。今回BS放送を1チャンネル削減することで、視聴者に衛星契約を解約されてしまうことはNHKとしては避けたかったのでは」と、砂川先生。
インターネット配信でBS放送の番組を視聴するためには、衛星契約が必要になるはずです。
衛星契約の解約を防ぎたかったNHKの思惑が、今回の問題につながったと考えられます。
なぜ発覚したのか?
「当時の前田晃伸会長(今年1月に退任)と一部の理事が昨年12月に、総務省と折衝しているチームとは別のところで勝手に決めてしまったのですが、国会を通過した後にこの話を聞いていなかった理事が不適切な予算に気付いて問題視し、リークして発覚したのです」(砂川先生)
砂川先生は「進め方があまりにも稚拙でした」と指摘し、今後のNHKの改革にも少なからず影響があると言います。
「特にラジオ第2は予算規模的にも統合しても経営には大きな影響はありませんが、農業関係、教育関係や災害時の情報提供など各方面で必要とされています。本当に統合していいのかどうか、議論が起こる可能性は高いでしょう」。
※ この記事は7月6日時点の情報を基にしています。
構成・取材・文/仁井慎治