日本銀行が金利の「実質引き上げ」を発表。わたしたちの「生活への影響」とは

日本銀行が発表した「(金利の)実質引き上げ」。具体的に私たちの生活そして景気にはどう影響するのでしょうか。

今回は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査・開発本部 主席研究員の小林真一郎(こばやし・しんいちろう)さんに、「金利の実質引き上げにより、国内の景気や暮らしへの影響はどうなる?」についてお聞きしました。

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昨年12月、日本銀行(以下、日銀)はこれまで長らく続けてきた金融緩和政策の一部を修正することを発表しました。

物価が下がり続けていたデフレ状態からの脱却を目指して、これまでは金利を極力下げる超低金利政策が続けられていたのですが、今回の修正は日本経済にいい影響を及ぼすものなのでしょうか。

長年日本の金融政策を分析してきた小林真一郎さんは「修正内容を見ると、これまでの超低金利政策から、実質的に今度は金利を引き上げていく方向に舵を切ったと言えます」と話します。

さらに「ただし、今回の修正内容を理解するには、日本の金融政策の変遷について知る必要があります」と続けます。

バブル崩壊後に実施された主な日本の金融政策とその狙いや結果をまとめたものが、下の表になります。


日本の主な金融政策の推移

1999年2月~2000年8月:ゼロ金利政策
【政策の狙い】

日銀から金融機関へ利息なしで貸し付けることで金融機関から企業へ融資しやすくした。

⇒【結果】思うように企業への融資は増えなかった。

2001年3月~2006年3月:量的緩和政策

【政策の狙い】

金融機関が保有する国債や手形などを日銀が買い入れることで資金を供給し、企業への融資を増やそうとした。

⇒【結果】資金が増えても、融資したい優良企業の数が限られていた。

2013年4月~2016年1月:量的・質的緩和政策

【政策の狙い】

金融機関から国債や社債などに加え、株・不動産の投資信託も買い入れて企業への融資を活性化しようとした。

⇒【結果】「期待感」に訴えるこれまでにない政策だったが、社会は反応しなかった。 

2016年1月~2016年9月:マイナス金利付き量的・質的緩和政策

【政策の狙い】

「量的・質的緩和」に加え、金融機関が企業に融資せずに残したお金には利息を取るよう
にし、融資や投資に回すよう働きかけた。

⇒【結果】それでも企業への融資は増えない上に、金融機関の経営を悪化させた。

2016年9月~:長短金利操作付き量的・質的緩和政策

【政策の狙い】

「マイナス金利」に加え、日銀が長期の国債も低い利回りで買い入れることで長期・短期いずれの金利も低下させ、企業への融資を増やそうとした。

⇒【結果】景気には影響しないばかりか、日銀の国債保有比率が高まり過ぎた上、日本円の
信頼性に問題が生じ始めた。 


バブル崩壊からなかなか景気が上向きにならない中、2012年12月に第2次安倍晋三内閣が発足しました。

「『大胆な金融政策』など3本の矢でデフレからの脱却を目指す『アベノミクス』を打ち出したのです」(小林さん)

そのとき、ほぼ同時に就任したのが日銀の黒田東彦総裁。

黒田総裁は「異次元緩和」とまで呼ばれた「量的・質的緩和政策」を打ち出しました。

「株や不動産などの資産買い入れを行うことで『ここまでやるなら景気はよくなるだろう』という気持ちに訴えかける世界的にも類を見ない金融政策でしたが、結局うまくいきませんでした。その後『マイナス金利』や『長短金利操作』の導入など緩和策を強化しましたが、その結果何が起こったかというと、金融機関の収益構造が傷んでしまいました。さらに、日銀が国債をどんどん買い入れたことで、日銀の国債保有比率も高くなり過ぎました。日銀の国債保有比率が高過ぎると、日本円の信頼性が弱まることにつながるのです。結果として、超低金利の金融政策は日本の金融システムに深刻なダメージを及ぼすことになってしまったのです」(小林さん)

昨年12月に発表された修正内容は、これまで0.25%程度としてきた長期金利の変動許容幅を0.5%に拡大するというものです。

これを受けて長期金利はすでに上限の0.5%程度まで上昇しています。

小林さんは「金融市場では今回の修正内容を『利上げの方向に舵を切った』と受け止めています。

加えて、『傷んでいた収益構造が改善されるのなら』という期待感から、金融機関の株価もいま上向きです」と話します。

ところが黒田総裁は「利上げではない」と説明しています。

なぜなのでしょうか。

「黒田総裁の任期はこの4月までです。いま金融政策を転換すると言ってしまうと、この10年近くが無駄だったと認めてしまうことになる。それはやはり、言えないのではないでしょうか」(小林さん)

今回の金融政策の一部修正による私たちの生活への影響ですが、現状は下のように限定的です。

4月には黒田総裁の任期が終わります。

その後、日本の金融政策がどのように変わっていくのか。

物価や賃金、雇用などにどのように影響していくのか。

まだまだ注視しなければなりませんね。

私たちの暮らしへの影響はどうなるの?

物価はどう変わっていく?

「まず言えるのは、すでにデフレではないということです」(小林さん)。

昨年12月の消費者物価指数は2021年12月と比べて4.0%上昇と、41年ぶりの高水準を見せています。

多くの人が、日々の買い物などで物価が上がっていることを実感していると思います。

「日本の金融政策はデフレからの脱却を目指すものでしたが、いざ物価が上昇すると、インフレ(物価上昇)を望んでいたはずなのに逆に懸念し始めているという状態になっています」。

今後も物価は上がっていくのでしょうか。

「原油価格が下落し、(一時は1ドル=151円台だった)円安も修正されているため、上昇ペースはさすがに鈍っていくでしょう」。

ではなぜ、デフレからの脱却を目指したのでしょうか。

「物価が上がれば景気がよくなって賃金も上がるという考えからなのですが、現状賃金はなかなか上がらない状態が続いています」。

賃金や雇用が改善されない限りは、インフレ懸念の状態が続きそうです。

賃金や雇用への影響は?

今回の修正は、賃金や雇用の改善にも影響するのでしょうか。

「金融政策でできるのは、物価の上昇を抑制したり物価を安定させたりすることで世の中の経済活動を円滑にさせることです」と、小林さん。

「そのため、賃金の上昇や雇用拡大については金融政策だけで動かせるものではなく、別の政策の実施が必要になってきます」と続けます。

住宅ローンはどうなる?

金融政策の一部修正によって、私たちの暮らしに直接影響するのはどういった点なのでしょうか。

「私たちに一番影響するのは住宅ローンの金利です。変動金利のローンの場合は、将来的には上がる可能性はありますが、即座に金利が上がることはないでしょう。ただし長期の固定金利は少し前からじわじわ上がってきていますので、割高になってきています」(小林さん)。

※この記事は2月7日時点の情報を基にしています。

取材・文/仁井慎治 イラスト/やまだやすこ

 

<教えてくれた人>

三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査・開発本部 主席研究員
小林真一郎(こばやし・しんいちろう)さん

1966年生まれ、広島県出身。90年、一橋大学社会学部卒業。銀行や外資系資産運用会社で勤務後、99年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に入社。日本経済・金融が専門。

この記事は『毎日が発見』2023年3月号に掲載の情報です。
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