「子どもが結婚しない」と悩む親ができること/岸見一郎「老後に備えない生き方」

哲学者・岸見一郎さんによる「老い」と「死」から自由になる哲学入門として、『毎日が発見』本誌でお届けしている人気連載「老後に備えない生き方」。今回のテーマは「他者との共生」。人間関係の悩みは尽きないものですが、同時に生きる喜びの源泉でもあります。自己と他者との関係、そして読者からの相談に対して、岸見さんはどのように考察されたのでしょう――。

※「」の太字部分が読者からの相談です

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他者とどう関わればいいのか

怒りの感情が起こるのは、他者を自分の思い通りにできると考えているにもかかわらず、他者がそのようにならないからである。子どもが小さかった時であれば、自分の行く手を遮る子どもを自分の思い通りにすることができたかもしれない。正確にはそうすることができたと思い込んでいたというだけだが。

大きくなれば、力で押さえつけることなどできなくなる。まして、大人同士の関係であれば、他者が自分の行く手を遮っても力ずくで何とかできるはずはなこのような時にできることがないわけではない。他者は自分の期待を満たすために生きているわけではないのだから、他者に何かを要求すること、期待することを断念するというのが一つである。大抵のことはこれができたら解決する。腹も立たなくなる。

しかし、もしも他者の人生が自分に実質的な迷惑を及ぼすのであれば、それの是正を求めることはできる。自分がしてほしいこととしてほしくないことを言葉で伝えればいい。もちろん、そうしたからといって、相手がそれを快く受け入れ、こちらが望むように行動を変えてくれるとは限らない。それでも、主張しなければ他者との摩擦を避けることはできるが、自分の考えが他者に伝わらなければ、結局のところ、対人関係を損ねることになってしまう。対人関係上の摩擦が起きることはあるとしても、主張しなければ相手には決してこちらの思いは伝わらないし、対人関係をよくすることはできない。

ただし、このような主張ができるのは、他者の行動が実質的な迷惑を及ぼす時だけである。自分の好みとは違うからといって、あるいは、自分が人はこう生きるべきだという信念とは異なる生き方をしていても、それを変えさせることはできない。

読者からの相談を見てみよう。

「三人の子どもを持つ親ですが、三人とも結婚するつもりがありません。本人の意思に任せていますが、親の責任として早く家庭を持ってほしいです」

子どもが結婚しないことで悩んでいる親は多い。子どもが一向に結婚する気配がないとしても、残念ながら親にはできることはない。

子どもが結婚するかしないかは親の責任ではない。なぜ親の責任でないといえるのか。

子どもが結婚するしないは子どもの課題であるということは前に見た(第4回)。あることの最終的な結末が誰に降りかかるか、あるいは、あることの最終的な責任を誰が引き受けなければならないかを考えた時、そのあることが誰の課題かがわかる。結婚してもしなくても、また誰と結婚しても、その結末はただ子どもに降りかかるのであり、親に降りかかるわけではない。結婚生活で賢くことがあっても、責任は子どもが引き受けるしかない。だから、子どもの結婚については、親は口出しできないのである。

子どもがいつまでも結婚しないことが心配なのは親の課題である。しかし、親の課題を子どもに解決させることはできない。つまり、「あなたが結婚しないと心配だから結婚して」はいえないということである。

結婚していない子どもは親孝行しているといえないこともない。いつか私の父が「一体お前はいつ結婚するのだ」とたずねたことがあった。その時私は結婚していて、子どももいたので、突然の父の質問に驚いた。

なぜそんなことをたずねるのかと父に問うと、「私はお前が結婚しないうちは死ねない」という。もう結婚してかれこれ三十年になるというようなことを父にいったら、たちまち父が死ぬのではないかと思って言葉をごまかしてしまった。親は自分がしっかりしていないといけないと思っている間は元気である。この子は私がいなくてももう大丈夫なのだと思った途端に、親は急速に老いていく。はたして子どもがそんなことを考えて結婚していないのかはわからないが、この世に執着があればなかなか死ねない。

今回考えてきた観点から考えても、子どもの結婚についてどう対処すればいいかわかるだろう。子どもは決して親の期待を満たすために生きているわけではないのである。早く孫の顔が見たいというようなことをいわれても子どもは困惑するしかない。

「息子が八月に結婚します。嫁と仲良く生活していきたいと思っています。一緒に暮らすことになり、少し不安なのですが、アドバイスをお願いします」

子どもたちの結婚生活について一切口出しをしないのが賢明である。結婚される方はきっといい人だろうが、その人と結婚するのは子どもなのだから、結婚相手について何か不満があっても口にしてはいけない。同居にあたって改善を求めてもいいのは、実質的な迷惑についてだけである。もしもあればだが。きちんと話し合いをすることが必要である。

「嫁は仕事好きで家事は一切息子がしています。なんてこと!」

二人の生活のあり方が親の理解を超えていても、口出ししてはいけない。私はまだ学生の時に結婚したので、就職口がなく、経済的には妻に全面的に頼っていた。このことを私の父は理解できなかった。

毎年春になると父から電話があった。就職は決まったか、給料はどちらが多いか知りたがった。就職していない私に給料があるはずはなく、常勤の妻が仕事に出かけた後、私が子どもたちを保育園に送っていった。父が不満に思っていたとしても、私たちは父の期待を満たすために生活を変えることはできなかったし、その必要もなかった。

親が口出ししなくても、子どもたちは自分の課題を解決する力があると信じてほしい。

ぜひ、じっくりと読んでみてください。岸見一郎さん「老後に備えない生き方」その他の記事はこちら

 

岸見一郎(きしみ・いちろう)さん

1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)をはじめ、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

この記事は『毎日が発見』2019年11月号に掲載の情報です。

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