「いつも自分を人と比べてしまう」「自分は損ばかりしている」。そんな想いで日々モヤモヤしている方、いませんか? そんなときにぜひ知ってほしいのが、今から2500年も前の中国の思想家・老子の言葉。45年間で10万人を診察した精神科医が、その老子の言葉を「意訳」ならぬ「医訳」をしてわかりやすく解説して話題の書籍から「ジャッジフリー」な考え方を連載形式でお届けします。
※この記事は『人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉』(野村総一郎/文響社)からの抜粋です。
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元気なときの孔子(こうし)、いまいちなときの老子
老子が活躍した古代中国の春秋戦国時代というのは、まさに世紀の動乱期で、さまざまな価値観、思想が噴出した時代でもありました。
その時代を代表する思想家が、孔子と老子です。
似たような名前ですが、考え方は正反対といってもいいくらい違っていて、その二人を対比した表現に「上り坂の儒家(じゅか)、下り坂の老荘(ろうそう)」という言葉があるほどです。
まず「儒家」とは儒教、孔子の教えであり、「老荘」とは老子哲学のことです。
「老荘」の「老」とは老子のこと、そして「荘」とは、同じく古代中国の思想家「荘子(そうし)」のことです。荘子は老子哲学を継承しているので、広い意味で「老荘=老子哲学」と言って差し支えないと思います。
孔子の教え、すなわち『論語』というのは、社会の中で生きる術を書いたもの。礼儀を重んじ、自らを厳しく戒めるような思想です。
一方、老子はそんな社会の外側に立って「まあまあ、それでいいじゃないか」という考え方なのです。
ですから、人生が上り坂でイケイケのとき、物事がうまく運んでいるときは、孔子の教えに従って、厳しめに自らを律していくとよい。しかし、人生が下り坂で、いまいち元気がない。そんなふうに行き詰まっているときは、老子特有の「ゆるさ」や「自由気ままさ」に寄り添ってみてはどうか。
それが「上り坂の儒家、下り坂の老荘」という言葉の意味です。
もし今、あなたの人生が上り坂の時期だとしたら、今すぐ『論語』の本を読み始めることをおすすめします。
しかし、もしもう一つ元気がない、今の境遇をなんとかしたいと悩み、苦しんでいるとしたら、ぜひ今回の連載を読んでみてください。
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