井上弘美先生に学ぶ、旬の俳句。11月は「冬の食材を詠む」というテーマでご紹介します。
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夢の世に葱(ねぎ)を作りて寂しさよ 永田耕衣(こうい)
十一月七日(水)は立冬。冬の食材の美味しい季節が始まります。寒い夜には温かい鍋料理などを楽しみたいものです。
この句は「夢の世」という言葉が不思議な味わいをもたらしますが、戦後間もない頃に詠まれました。食糧難の時代に「葱」などを細々と育てて生きてゆくことの「寂しさ」。時代にかかわらず、人間の営為そのものを、束の間の「夢の世」に成すこと、と捉えているようで、美しくも切ない句です。
作者は一九〇〇年、兵庫県生まれ。禅的な俳味をたたえた、哲学的な句風を確立しました。一九九七年に逝去。享年九十七。
朝市に着くや捌(さば)かれ能登の鰤(ぶり) 蟇目良雨(ひきめりょうう)
朝市はその土地の新鮮な魚や野菜に出合えるのが楽しみ。お国言葉が飛び交うなど風土と人に触れることができます。
この句には「輪島」と前書が付いています。作者はかつて割烹料理店を営んでいた人で、食通です。「朝市」に着くなり「鰤」が捌かれる「鰤」の新鮮さと市の活気が「着くや捌かれ」という勢いのある表現によく出ています。「鰤」は冬を代表する魚。「能登の鰤」と銘打って、土地への挨拶とともに称賛しています。
作者は一九四二年、埼玉県生まれ。句集の他に『平成 食の歳時記』があります。近刊句集『菊坂だより』よりの一句。