「芸術の秋」も深まってきた今日このごろ。絵を描いてみたい、と思う方も多いのではないでしょうか。「絵」といっても、色鉛筆やクレヨン、油絵などさまざまな種類がありますが、はじめて描くなら、水彩画がおすすめ。身近な花をすてきな作品に仕上げる楽しみ方を、エッセイストで画家の玉村豊男さんにお聞きしました。
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上手下手より絵を描く時間をもつことが大切
私(玉村さん)が水彩画を描きはじめたのは、42歳のとき。以来、多くの作品を世に出してきましたが、いまでも、自分は自己流の素人絵描きだと思っています。美大を出たわけでもない、絵の先生に習ったわけでもない、私の勝手な絵の描き方は、まったく経験のない(小学校以来はじめて絵筆を握るような)初心者には、かえって役に立つかもしれません。
目の前にあるモデルの色と形を、どうやったら紙の上にうまく写し取れるか、ああでもない、こうでもないと、ひとりで工夫しながら、方法を考えてきたのですから。
絵を描く時間は楽しいものです。きれいな花を見つけたら、採ってきて、コップの水に挿しましょう。紙を広げて鉛筆を握り、それから過ごす3時間、4時間...なにもかも忘れて没頭すると、時間はあっという間にたってしまいます。
絵は下手でもいいのです。絵を描く時間をもつことが、なによりも大切です。
はじめて絵を描くときには、何から手がければよいのか分からないものです。構図を決める、下描きをする、色をつけていくなど工程がありますが、その中にもさまざまなコツがあるのです。小さなグラスに取り合わせた花々を例にとって、段階を追って解説していきます。
庭や野に咲く花を描くことが多いという、玉村豊男さん
●玉村豊男さん 作例ギャラリー
●さあ、実際に描いてみましょう
庭で摘んだ青と黄色の花。グラスの中の水まで絵で表現してみましょう。
【下絵を描く】
1 絵の角度を決める
まず、モデル(花)を紙の前に置いて、葉と花の位置を微調整してから、絵に描く角度(座ったとき正面に見える位置)を確定します。花が自分の描きたい位置に来るように工夫してみてください。
2 グラスの形から描く
最初にグラスの形をデッサンします。縁のラインを確定させれば、花と葉の位置関係が分かりやすくなります。このとき、グラスの中に見える茎も描いておきます。
3 下絵を仕上げる
輪郭線を描いて全体のバランスが決まったら、細部を描き進めます。この段階ではグラスの中の水や、グラスを照らす光などについては、とりあえず考えずに進めて構いません。
【鉛筆デッサンのコツ】
鉛筆は2Hくらいの硬いものを、私は好んで使います。紙は「水彩画用紙」を画材店などで買ってください。
紙を前に置いて、花を見ます。最初は特定の箇所に鉛筆の先を下ろすのではなく、芯が紙に触れるか触れないかの距離感で、大きく腕を動かしながら、だいたいの輪郭を示す、ごく薄い線を何本も引きます。これらの線は後で消すので、何本描いても構いません。そして、最終的に一本に決定したら、その線を鉛筆で少し強くなぞり、残りの線を消しゴムで消します。
こうして最終的な線を決定していき、線として見えるところを全部、鉛筆で描いていきます。陰影をつける必要はありません。鉛筆デッサンは、鉛筆の線で花のかたちを示す「鉛筆による線画」と考えてください。
◎ポイント1
ごく弱い線で、輪郭を描きます。どこから描きはじめても構いません。実際の花の大きさ(輪郭)と描いている花の輪郭が、ほぼ同じ大きさになるように注意しながら何本も描きます(下の例は上の花とは異なる絵です)。
◎ポイント2
弱く薄い線で全体像が決まったら、より明確な線を描きます。複数の弱い線の中から、残す線を決めて、今度はやや強めの線を描きます。最終的に採用する線を決め、全てを描きます。
【色をつける】
4 薄い色から濃い色へ
薄めの色から濃い色へ塗っていきます。この絵では大きく分けて3つの色(黄、青、濃いめの緑)があるので、黄色から始めます。この花は、花弁が小さいので細めの筆を使用。
5 別の色を足していく
黄色、濃いめの緑と2色の色づけがほぼ終わったら青色を塗ります。描く対象物を台の上などの見やすい場所に置くと、無意識に何度も見るようになり観察力が鋭くなります。
6 細部を描き込む
全体の色づけが終わったら、細部の濃い色を。雄しべや雌しべの部分に濃い青を足していきます。色を重ねるときは先に塗った絵の具が乾いていることを確認してにじまないように。
7 グラスの中も描く
グラスの中に見えている茎などを描きます。水中にあるものですが「見える通りに描く」ということは同じ。時として光や影の模様が複雑に映り込むこともあります。
~色をつくるコツ~
花の色を再現するには、どんな絵の具を使ったらよいのか。絵を始める人たちが等しく抱える難問です。
水彩絵の具は、混ぜれば混ぜるほど色が濁ってしまいます。できれば、元の絵の具を他の色と混ぜないで使う方が、透明感のある鮮やかな色が出るのです。だからといって画材店にある何百種類の絵の具を全てそろえることは不可能ですから、与えられた数の色を、あまり濁らない範囲で混ぜながら、「現実の色」に少しでも近い「絵の色」をつくるほかありません。
まずは実際に混ぜてみて、感覚をつかむことから始めましょう。なお、赤と青を混ぜれば紫になりますが、この2色を混ぜると確実に濁るので、セットのほかに、青紫と赤紫の絵の具は単色で別に買っておきましょう。
◎ポイント1
パレットに並べた固形絵の具がひと目で分かるように、ラベルを貼りつけました。固形絵の具は使っているうちに色が混ざってしまいますが、このようにしておくと元々の色を思い出す手がかりになります。
◎ポイント2
何枚か絵を描いた後のパレットです。花を描くか風景を描くかなどによって、絵の具の減り方もさまざま。パレットの平らな部分(写真の下側)が、大きい方が絵の具を混ぜるときに便利です。
【仕上げ】
8 「ガラスの色」を加える
ごく薄めに溶いた黒絵の具を筆に含ませてグラスに色をつけます。使用する筆は太めのものに。光が当たっている箇所は塗らずに紙の白地を生かし、影のように見えるところは色を濃くつけていきます。
【完成!】
撮影/高木昭仁