「独学」が危機をチャンスに転化する!? 世界的大競争を生き抜くために/「超」独学法

pixta_27718420_S.jpg人生100年時代、仕事の引退は80代、と言われるようになっている現代において、私たちに求められているのは「どれほど個人の市場価値を上げられるか」ということ。ではどうすれば個人の市場価値は上げられるのでしょうか?その答えは「独学」にありました。

本書『「超」独学法 AI時代の新しい働き方へ』は、今日から始められる「独学」の勉強法を集めた最強の独学メソッド本。独学への不安を払しょくし、新たな可能性を見出す手がかりがここに!

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これまでの日本の勉強は学歴獲得が目的だった

これまでの日本社会では、勉強の目的は、大学に入ることだった。そこがゴールだった。「一流大学に入学できれば、一生安泰に過ごせるパスポートを得たことになる」と考えられていたからだ。勉強は、そのパスポートを得るための手段だった。なぜこうなったのだろうか?それは、大企業が学歴を基準として入社選抜を行ってきたからだ。人気のある会社であれば、応募者を絞る必要がある。では、どうしたらよいか?

日本の企業は、その目的のために「学歴」を見たのである。とりわけ、「どの大学を卒業したか」によって、応募者の能力を判断し、ふるいにかけた。なぜそうしたかと言えば、学歴は、人間の能力を手際よく伝える指標だと考えられたからだ。統計学の言葉で表現すれば、「学歴と能力の相関は高い」とされたのである。だから、人を短時間のうちに評価するためには、非常に効率的な指標になる。

このように、「本来測定したいが簡単には観察できない指標(この場合には能力)を示す代理指標として用いられる、簡単に観察できる指標」のことを、「シグナル」と呼ぶ。学歴は、能力のシグナルとして用いられたのである。

 

「大学名」が重要なシグナルだった

入社時の選抜で主たるシグナルとなるのは、「どの大学か」ということである。そこでの成績も考慮されるし、また、「どの学部か」も問題となる。しかし、多くの場合に重要なのは、大学名そのものだ。したがって、「卒業する大学名を獲得する手段が勉強」ということになる。

右に述べたことを逆の側面から見れば、「これまでの日本社会において、大学に入学してから後の勉強は、あまり重要でなかった」ということになる。だから、学生は、いったん入学すればあまり勉強しなかった。

いわゆる文系の場合には、とくにそうだ。「入学したら、勉強するよりはサークル活動に精を出して人脈を作り、3年生になったら就活」というのが、ごく一般的なパターンだった。司法試験受験者などごく一部の例外を除けば、法学部、経済学部、商学部、文学部などで大学に入ってからも勉強を続ける学生は、変わり者と見なされた。

入社してから後の勉強は、さらに重要度が落ちた。なぜなら、シグナルが必要とされるのは、ほぼ入社時にかぎられるからである(理工系では、仕事の必要上から、新しい知識が必要になり、勉強せざるをえない場合が多い。だから、これは主として文系についてのことである)。

仮に労働市場が流動的で、企業間の移動が普通であれば、入社時以降にも転職・再就職の際にシグナルが必要とされる。したがって、入社時以降の勉強が必要になるだろう。しかし、日本ではそうしたことは、稀にしか生じなかった。企業の中では、その人の能力や成果は、日々の仕事の中で詳細に観察され、評価される。したがって、シグナルは必要でない。

入社後に必要とされるのは、一般的・普遍的な知識ではなく、その企業に特殊な知識だ。その企業における仕事を進めるための知識がまず必要だが、それだけではない。社内の権力関係や人間関係などについて、無知であるわけにはいかない。場合によっては、それらの知識を使って、「社内派閥のどの側につくか?」を判断することこそが重要だった。

だから、社会人になってから後では、一般的な勉強はあまり問題とされなかったのである。とくに管理者層になると、スペシャリストでなく、ジェネラリストとしての能力を要求されることが多いので、そうなった。こうしたことが可能だったのは、日本経済が順調に成長していたからである。そして、経済社会の基本条件が大きく変化することがなかったからだ。

しかし、これからの社会で必要になるのは、入学試験に合格するための勉強ではなく、実力を獲得するための勉強である。もちろん、就職活動の場において一流大学卒という肩書きの意味がなくなるわけではない。しかし、「学歴だけでは十分でない」時代になったのだ。

 

日本は実力獲得の勉強で負けた

アメリカの大学院では、アメリカ人の学生も、世界の各国から来た学生も、死にもの狂いで猛烈な勉強をしている(それはいま始まったことではなく、昔からそうだった)。そのことが、日本ではよく知られていない。そして、彼らが行っている勉強は、学歴を得るための勉強ではなく、実力をつけるための勉強だ。

ところが日本では、企業が大学院での勉強成果を給与に反映させてくれない。この点が変わらないと、大学院での勉強を普及させるのは難しい。日本の企業は、これまで普遍的知識や技能を評価するのでなく、企業に特有の条件を強調してきた。

そして、実務のための専門的知識は、学校の勉強ではなく、OJTによって取得するものと考えられていた。だから、実務経験しか評価しない。こうした事情があるので、日本では、大学院での実務教育が機能しない。これは大きな問題だ。この実力獲得競争で負けた結果、日本はITなどの新しい産業分野で負けた。世界的な大競争時代がすでに始まっていたにもかかわらず、日本人だけが居眠りしていたのだ。いまこそ日本人は、目覚めて、実力をつける努力を始めなければならない。

1980年代に慢心した日本は、1990年代に世界の経済構造が大きく変わったことに、対応できなかった。とくに製造業の分野では、新興国の工業化によって世界的大競争が激化したことに対応できなかった。それにもかかわらず、それを理解できない人が経済界には多かった。

そして、「日本経済が停滞するのは、政府に成長戦略がないからだ。金融緩和が十分でないからだ。法人税率が高いからだ」と言い続けてきた(いまでもそう言っている人は多い)。

つまり、責任を他に押しつけようとしてきた。経済停滞が20年間も続いたにもかかわらず、そうした傾向が支配的だったのだ。経済の衰退がここまで進んだ日本は、変わらなければ生き残れないところまで追いつめられた。危機をチャンスに転化できるか否かが、いま問われている。

 

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野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)

1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。


 

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『「超」独学法』

野口悠紀雄/角川新書)

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この記事は書籍『「超」独学法』からの抜粋です。

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