ボクシングに人生をかける男たちの生き様を描いた沢木耕太郎の最高傑作『春に散る』を映画化。佐藤浩市さんが演じるのは元プロボクサーの広岡仁一。横浜流星さん演じる若手ボクサー黒木翔吾との出会いから、生きることへの情熱を取り戻していく"老いの輝き"が心に響きます。
*この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年8月号に掲載の情報です。
心情的な楔(くさび)を打ってくれる
―― 広岡はどんな男ですか?
いい意味で、負け犬にしたかったです。
不公平な判定で負けて心が折れてボクシングをやめてから40年。
自分の病気も含め、いろいろなものを抱えて生きてきて、アメリカから日本に帰ってきた。
そこには負け犬感が漂うけど、広岡自身はそうありたくない。
そのまま死にたくない。
だから自分が輝いていた当時の昔の仲間と一緒に居たいと思って帰国したわけだけど。
それ自体が不完全燃焼した人生への言い訳でしかないんですよ。
ところが若い翔吾との出会いによって、消えかけていた何かが覚醒していくんです。
―― 完成品をご覧になっていかがでしたか?
完璧なエンターテインメントです。
だけど、心の中にクイッと楔を打ってくれる。
老人と若者、男同士の想い、そこに加わった女性たちと乖離した男の人生観など。
そういうことを含めて、心情的な楔を随所で打ち込んでくれる映画になったと思いました。
これまでの経験から引き出すのではなく
――横浜さんと共演された感想は?
最初から"この役を自分のものにしたい!"という情熱と真剣さがひしひしと伝わってきました。
ボクシングのシーンが偽物だと思われたくないという強い思いがあって。
事実、彼は本気で練習して、実際にボクシングのプロテストC級に合格しましたからね。
"最強の胸熱ドラマ"というこの映画のキャッチコピーじゃないですが、試合シーンを撮っている最中は演技ではなく本当に胸が熱くなって「おい、頑張れよ!」って叫んでいましたから。
広岡と翔吾に近い関係性が、僕と流星くんにもできていたと思います。
――スパーリングのシーンでは、軽やかなフットワークで横浜さんの強烈なパンチを受けていました。
ミットは革一枚ですから、衝撃がもろに体に響きます。
スパーリングを1分やるだけで肩が痛くなる。
冗談で「これでゴルフができなくなったら、どうしてくれるんだよ!」と怒ったくらい強烈でした。
正直、平均的な62〜63歳よりは動けると思います(笑)。
『仕掛人・藤枝梅安』二作で剣豪を演じたときにけっこう跳んだり走ったりして「まだまだ動ける」と思いましたしね。
結局、仕事にしても趣味のゴルフにしても、「まだ、若い人たちには負けない」って。
まぁ、負けるんだけど(苦笑)。
それでも彼らと同じくらい、70歳までは250ヤードくらいの距離を飛ばしたいと思いながらやって。
結果、本業でも体がちゃんと動いてくれる。
要するに、仕事も趣味も体が動いてナンボですから。
――これから挑戦したいことはありますか?
来年、ゴルフ大会で4回目のシニアチャンピオン獲得(笑)。
60歳過ぎてからゴルフ大会で3回獲っていますから。
まぁ、それは冗談でいいんですけど。
ただ物事全て気力ですよね。
いま、確実にそれを失いかけていることも事実なわけで。
だからこそ、新しい作品をやるときには、これまでの経験が詰まっている引き出しから何かを取り出すのではなく、まったく新しいものとして取り組みたい。
そういうことが、あと何年できるかが、僕の中の課題だと思っています。
取材・文/金子裕子 撮影/齋藤ジン スタイリスト/喜多尾祥之 ヘアメイク/及川久美