新型コロナウイルス発生以来、「感染症の専門家」として連日メディアで情報発信を続けてきた白鷗大学教授の岡田晴恵さん。このたび、コロナ禍での隠された闘いを記録したノンフィクション『秘闘 私の「コロナ戦争」全記録』を出しました。
失敗を非難しない
国民理解の醸成が必要
――膨大なメモをベースにこの2年間の出来事が鮮明に綴られています。ここまで書いて大丈夫なのかと心配になるぐらいに。
国民の生き死にや生活に大きく関わることですから、炎上だとかバッシングとかを考える余裕なんてなかった。
メディアで解説をするときも「感染を止める」「流行を回避する」「流行させないことで経済も守る」ということを考えていたので、真実を分かりやすく伝えるべきだと。
その結果、「(不安を)煽っている」などと非難を浴びることもありました。
どちらにも取れるマイルドな言い方をされる先生もいますが、それでは伝わらない。
国民にも政治家にも、専門家は最悪の事態を想定してはっきりと現実を伝えて、先手で対策を打つべきなんです。
感染症は広がってからだと手がつけられなくなる。
先手で対策が大事です。
――『秘闘』で日本のコロナ対策の失敗は、専門家がリスクを取らなかったことではないかと問題提起されていますね。
感染症対策の基本は「早く、強く、短く」です。
しかし今回は、事が起こってから対応する、起こったことに対処する形となった。
対策が後手に回るとウイルスに負けるのです。
なぜ、そうなったのか?
「リスクを取らなかったことによる失敗」だったと思います。
起こる前に対策して、未然に防いだ場合、やり過ぎ批判を受ける可能性がある。
そのリスクを国の専門家が取らなかった、政治家にもきちんと説明できていなかったように見えました。
私は政治にも報道にも専門家集団にも非常に近いところにいて、そのように感じたのです。
だからこそ、感染症対策においては、リスクを取った人間が非難されない国民の理解を醸成しなければならない。
同じ過ちが繰り返されないように、後世への検証のためにこの記録を本に残しました。
同じ女性として寄り添いたい
――これまでも専門書から児童書まで、多くの著作を執筆されています。
デビュー作は国立感染症研究所研究員だった2003年に出した『感染症とたたかう』です。
新型インフルエンザやSARS (急性重症呼吸器症候群) の対策、政策提言を書きました。
それ以降、医学書などの専門書から絵本までたくさんの本を出させていただいています。
小さな子どもも分かるようにサイエンスも正確にということで、絵本の文章を書くのがいちばん難しかったかな。
――専門的なことをかみ砕いて分かりやすく伝えるということは、執筆を通して身についていたことだったんですね。
いろいろな本の表現方法を見ながら、意識して学びました。
それから感染研時代、ワクチンの担当をしていたのですが、ワクチンで予防できる病気でお子さんが重篤になったり、亡くなったりしたお母さんから悲痛な叫びを伺うことがありました。
つらい経験でした。
国の定期予防接種ワクチンを打つのは当たり前という気持ちでいました。
でも、そのワクチンについてお母さんたちに「分かりやすく伝えることが大切」だと実感。
ワクチンの効果も副反応も正確にお伝えする、その上で、有効性と安全性から納得して判断してもらえるように説明できるようになりたいと思いました。
それに家族の看護をするのも、多くの場合は女性ではないでしょうか。
だから、コロナでもお母さんや女性へのメッセージをお伝えしたいと思っていました。
私の世代から上はまだまだ、日本は男性社会の意識が強いですね。
政治も、会社も。
実際、生活のメインは女の人が担っている場合が多いと思う。
働きながら家事もする、コロナ禍では看護もする。
コロナが流行している、だから自宅療養の準備をしましょうといえば、多くは女性がやるのだと思う。
感染が広がった場合、大変な状況を女性が主に担うことになると思いますから、番組でも「女性の方はどう感じるだろう」と寄り添いたいと思った。
一方で政策提言では、同世代以上の男性と闘っていたと思う。
――そういった中でも心無い言葉を浴びせる人もいました。それでもメディアで情報発信を続けられたのはなぜですか?
だって、コロナが流行したら、もっとみんながつらくなる。
「いち大学教授の女がなんで偉そうに言ってんだ」と言われたこともありましたが、出演依頼してくれた方は私を必要としてくれているのですから、ベストを尽くします、とそれだけのことです。
疲れて、ぼろぼろだったときもあります。
毎日、崖っぷちに立っているような、それこそ背中を押されたら崖から落っこちてしまうような状況もありました。
でも背中を押そうとする人がいる一方で、全力で支えてくれる人もいた。
出演するテレビのディレクターやプロデューサーであったり、編集者であったり、MCの方や共演者、メイクさんなど、いろいろな人が助けてくれました。
だから実際は私だけで闘っていたわけではなくて、「共闘」なんです。
――「先生はおっかながりなんだよ。日本人が死ぬことを、とても怖がっている」と言った親友もいらっしゃいましたね?
その方は弁護士さんなんですけど、20年の9月頃に仕事の延長線上で交流があって、会ったのは21年の11月、しかもその一度だけ。
ではなぜ親友かというと、毎日LINEをしているから。
支えであり、癒しであり、お互いにいちばん大変な時期を助け合っていました。
非常に頭脳明晰な人で、理論的に物事を冷静に分析する。
何度となく助けられました。
国の専門家委員のある先生に「女だから正論が言える」と言われたときも、「そういうときは『では、男の先生方が言っているお話は正論ではないんですね』と切り返せ」って言われた。
つまり「正論じゃないことで政策を決定しているんですね」ということですから。
それがコロナ対策の敗因だろうと。
間違いを正せと。
さすがだなと感銘を受けました。
『秘闘』の初期原稿を読んでもらったときは忙しい中ですぐに2度読んでくれた上で、「序章をつけて、後世のためにこの本を残すのだということを意思表明してから本題に入れ」と言われました。
その親友もまさに間違いなく、私を支えてくれた一人です。
「読者は女性の方が多いと思うので、きれいな色の服を選んだんですよ」と話す岡田さんは淡いブルーの装い。保護猫2匹と保護犬1匹と同居中で、「猫や犬の保護活動に協力しています」。
コロナにかかる大前提で自宅療養の準備を
――今後私たちはどのようなことに気を付けたらよいでしょうか。
オミクロンは軽症だと言われていますが、楽観視は厳禁です。
医療も国民生活も混乱します。
50代、60代は、特にオミクロンをあなどってはいけない世代です。
といいますのも、ワクチン接種済みでも感染しますし、3回目接種はまだこれからという人も多いと思います。
感染力が強く、同時期に感染者が多数出るオミクロンでは、かかることを大前提に、自宅療養の準備をしておくことが重要です。
『新型コロナ自宅療養完全マニュアル』をネットで無償公開もしています。
参考にして備えていただければと思います。
取材・文/鷲頭紀子 撮影/吉原朱美