今年1月と2月に京都と東京で公演された舞台『有頂天作家』に出演されたキムラ緑子さんに、舞台のこと、そして日々の生活についてお話を伺いました。
ワインのように熟成した芝居に
――舞台『有頂天作家』で恋文の代筆業を営む女性・奈津を演じるキムラ緑子さん。本作は渡辺えりさんとキムラさんによる"有頂天"シリーズ第4弾にあたり、本来であれば2020年3、4月に上演されていたはずでした。ところがコロナウイルス感染拡大防止のため、何度も延期や中止を繰り返し、2年の歳月を経てようやく上演へと至りました。
2年前に同じように取材をしていただいて、作品についていろいろ語ったなと思い出して、不思議なことがあるんだなという気持ちでいっぱいですね。
その作品を2年近く寝かせて、やっとお客さんの前でお芝居ができるんだということがすごくうれしいし、「絶対にみなさんに楽しんでもらいたい」という気持ちが心の中で湧き上がっています。
本読みをしたときに感じたのですが、2年前より全員、確実に年を取っているんですよね。
でも私はそれをいい意味で捉えていて。
"寝かせた"ことでセリフやお芝居がワインのように、体の中の深いところで熟成された感じがしていて。
表面的ではなく、もっと深いお芝居になるなと実感しています。
友達に連れられて登った山で溢れた涙
――『有頂天作家』は奈津と渡辺さん演じるきくとの友情物語でもありますが、コロナ禍中はご友人の存在に助けられることも多かったのでは?
それがね、私、友達と滅多に会わないんですよ。
だからコロナの時期に人と会えなくなっても、それほど苦痛ではなかったんです。
みんな古くから友達だからかな、会わなくてもどこかにいるというか、私にはあの人たちがいるからっていう感覚が安心感になっている感じはありますね。
――悩み事を相談したり、されたりということもあまりないのですか?
はい(笑)。
「猫の爪が切れないんだけど」とか、そんな相談をされたりはしますが、そもそも私は昔から人に相談をしないんです。
悩み事はありますよ。
でも、誰にも言わないんです。
悩めば悩むほど誰にも言わない。
だから墓場まで持っていくようなことはたくさんあります(笑)。
昔は私のこういう性格がもとで、友達に怒られることもありました。
「私はこんなに話しているのに、なんであなたは何も言わないの?」って。
まさに、最近もありましたよ。
体調がよくない、地元にいる両親のことを、仕事があって帰れない私の代わりに、友達がわざわざ実家まで出向いてくれて、ちゃんと様子を見に行ってくれたんです。
彼女は私より年下なんですけど、人の面倒をちゃんと見られる人だからすごいなと思いますね。
他人の親の話し相手になんて普通、なかなかなれないじゃないですか。
しかも一人で行ってくれて。
そういう友達がいるから、私は恵まれているんですよ。
――べたべたした関係ではなくても、大事な局面では頼りになる。
そんな感じですね。
それで思い出しましたけど、自分から相談はしないけれど、相手が察してくれたことはありましたね。
私がすごくしんどかったときに、友達が黙って京都の鞍馬というところに連れて行ってくれたんです。
私は知らなかったんですけど、パワースポットみたいなところだったらしくて、山に登った瞬間に涙がぶわーっと溢れてきて、一日泣いていました。
さんざん泣いて泣き疲れて、日が暮れたころ、「そろそろ帰ろうか」って帰ってきたんですけど、山を降りながら「でしょう?」って彼女に言われて、なんで分かったんだろうって。
手紙や年賀状、言葉にはエネルギーがある
――離れているご両親など、大切な人に会いに行くことがなかなかできませんね。
そうですね。
頻繁に会うことは難しいですが、思いをはせる、ということであれば、手紙っていいな、と思います。
今回の舞台の取材会のとき、私の役が恋文の代筆業ということから手紙の話題になったんですよ。
えりさんは、上京してからもらったご両親の手紙を全部取ってあるそうなんですけど、私は手紙に限らず、思い出の品を全部処分したいと思うことがあります。
できれば新しい思い出を、これからもどんどん作りたいって思うんですよね。
――思い出があるからこそ残したいと思うのでは?
私は逆に、思い出は頭の中だけに入れて、形のあるものは残したくない、そんなふうに思っています。
悲しみを感じる時間は、短ければ短い方がいいですし、悲しみを感じるものは、少なければ少ない方がいい。
見るたびに苦しくなってしまいますから......。
きっと私は、人より悲しがり屋さんなんですよ。
手紙なんてその最たるものじゃないですか。
「この間、大根送ったよ」とかそんな他愛のない内容なんだけど、もう文字が母親なんですよね。
読み返したら涙が出ちゃう......。
それだけ、手書きの文字には力があるんですよね。
最近はお年始ぐらいで手紙を書くことも減ってしまいましたが、そのぶん貴重だなと思います。
ここぞというときは、手紙を送ろうかと思いますよね。
年賀状でも印刷だけじゃなくて、一言「元気?」って書いてあるだけで違いますしね。
文字にはその人が出るし、確実にエネルギーのようなものが伝わりますよね。
言葉そのものが持つエネルギーをいただけるようなことも、もちろんあると思います。
以前、えりさんのご両親が公演を観に来られなくなったとき、「親に観てもらうために舞台をやってるようなものなのにさ!」って、おっしゃっていたことがあったんです。
何年かして私もその感覚がようやく分かるようになりました。
えりさんがなんでも思ったことを言ってくださるおかげで、「えりさんも踏ん張ってたから、私もここが踏ん張りどころだ」と私が経験する前に教えてもらっているところがありますね。
役者としても、人生でも、先輩ですので。
「2021年からインスタを始めました。自分の家の猫の写真に『いいね!』されたり、『かわいいですね』なんてコメントがついたりすると、めっちゃうれしいですよ。ネットは怖い面も多いけれど、この年齢だからこそ楽しめることがありますね」
――ご両親が舞台を観てくださることは、やはり大きな力になっていましたか?
「親に観てもらうために」とは思いませんが、親が自分の芝居を楽しみにしてくれているというのは、本当に大きな活力になりますよね。
どんなことがあっても、これからも舞台には立ち続けることになりますが、そのたびに活力をもらいながら、新しい舞台の思い出を積み重ねていけたらいいですね。
この有頂天シリーズを始めたときに、両親含め50~60人がバスで淡路島からお芝居を観に来てくれたんです。
みなさん「楽しかった。また観に来たい」と言って帰ってくださって、いまだに「あのときはああだったね、こうだったね」と、舞台の内容だけではなくて、そのとき食べたもの、話したこと、見た景色なども含めて、たくさんのことを話題にしてもらえるような作品なんだな、としみじみ感じます。
『有頂天作家』を観るためにと、年齢も年齢なのですが両親も楽しみにしています。
そういう作品に出会えたことは幸せだし、私にとっても大切な作品ですね。
取材・文/鷲頭紀子 撮影/吉原朱美 ヘアメイク/笹浦洋子 スタイリスト/松田綾子