身体の声を聞く秘訣は「猫を見習うといいですよ」解剖学者、作家・養老孟司さんインタビュー

大の病院嫌いの解剖学者・養老孟司さんが、体調に不安を感じ26年ぶりに東大病院を受診するところから始まる『養老先生、病院へ行く』。検査のつもりが心筋梗塞を起こしていることが判明し、そのまま心臓カテーテル治療を受けることになった経緯、現代医療や身体との向き合い方といった興味深い内容を、養老さんと主治医ともいえる中川恵一医師が患者側、医師側の視点で交互に綴っています。今回はそんな養老さんに、病院との向き合い方や死生観について伺いました。

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検査のつもりがつかまってしまった

――今回のご経験で病院嫌いは少しは解消されましたか?

何も変わりませんね。

今回も女房が心配するから仕方なく病院に行っただけ。

検査のつもりだったけど、そうしたらつかまってしまいました。

――奥様に心配をかけないためもあったと。

それしかないでしょう。

死んだら心配する自分もいなくなっちゃうんだから、自分のことを心配してもしょうがありません。

でも自分が死んだら家族に迷惑がかかります。

自分一人で生きているわけではありませんから。

もちろん、ただ家族に言われたからというだけではなく、「身体の声」が聞こえたから受診することにしたのですが。

――治療する上で葛藤はなかったですか?

現代医療は簡単に言ってしまえばデータ化された医療。

人はそれぞれ違うのに、差異をないものとしているのが現代医療のシステムなんですね。

病院に行くということは、この医療システムに完全に取り込まれることを意味します。

それが病院に行くかどうか僕が悩む理由なのですが、いったん医療システムに巻き込まれることになったら、もう「俎板(まないた)の鯉」、委ねるしかありません。

それはもう覚悟していましたから葛藤というのはありません。

本人は意識がないうちにカテーテルを入れられて、それでとりあえずよくなったはずですけど、じゃあ元気になったかと言ったら普段に戻っただけという感じです。

ついでに白内障の手術もしましたが、思ったように視力が戻りませんでした。

なんでだか眼科の先生も理由がよく分からないみたいですね。

でも、そういうのも受け入れる。

メガネがいらなくなるはずがそうはいかなくても、本を読むのが楽になったから、これはこれでいいだろうと。

達観なんて立派なものではありませんが、何事も自足することが大事です。

猫を見ているとまさにそうだなと思います。

(飼い猫の)まるは動きも鈍いし、あまり走ったり木に登ったりしないので、「鈍い猫だな」と思っていたんです。

そうしたら生まれつき心臓が弱かった。

まるはそれを自分で分かっていて、無理しなかったのかなと思っています。

自分の身体に合わせていたんですね。

僕は普通の人より二人称の死が嫌なのかも

――ご自身の心筋梗塞が分かった半年後の20年12月にまるが亡くなりました。まるには中川医師いわく「手厚い治療」をされていますね。

最初、まるの様子がおかしいのがなんなのか分からなかったので、治療できる方法があるなら治してやりたいと思ったんです。

残念ながら生まれつきのもので、しょうがないと言われてしまいましたが。

自宅で看取ってあげたいと連れて帰ってきましたが、胸や腹に水がたまって苦しそうだったので、これは定期的に抜いてやりましたね。

――まるを見送った後の寂しいお気持ちが読んでいて伝わってきました。

まるも「二人称」の大きな存在でした。

さきほども言いましたが、そもそも死というのは自分の問題ではないんです。

死体には一人称の死体と二人称の死体、三人称の死体という3種類があって、三人称というのはいわゆる赤の他人ですね。

テレビなんかで「死者何人」と出るような、自分とは関係ない人の死です。

これに関しては長くなりますので割愛しますが、僕たちにとって問題になるのは二人称の死です。

家族や親族、友人といった、悲しみなどの感情を伴う身近な存在の死のことで、そういう意味でいうとまるの死も二人称の死になります。

ひょっとすると僕は二人称の死が普通の人より嫌なのかもしれません。

僕は患者さんに死なれるのが嫌で、臨床医ができなかったんです。

患者さんは三人称なのか二人称なのかよく分からないところがありますが。

――どのように二人称の死に向き合っていますか?

生き物は必ず死にます。

それは100%確実なことなので、受け入れるしかありません。

でも受け止めるのは大変です。

いい方法があるのなら僕が聞きたいぐらいです。

奥さんにはしょっちゅう怒られています

――ご自身が亡くなったら奥様に迷惑がかかるとおっしゃいましたが、見送る側になる可能性もあります。

それは困りますね。

そういうことは考えたくないし、そういう考えても仕方がないことは考えません。

いまの人はなんでも準備しておかなくちゃ不安だと思っているでしょう?

でも、そういう大きな出来事が起こった後は、自分も変わるんです。

その変わった自分が何を感じるかなんて、いまの自分には分からないんですよ。

つまり、あらかじめ大事件が起きたらと考えることは意味がないんです。

だから女房が死んだらどうするかなんて、いまは考えません。

死んでから考えます。

――ご夫婦の関係においては、相手を変えるより自分が変わった方がいいというお考えだとか。

それしかないですよ。

そのためには自分が柔らかくないとだめですね。

こうだって決めつけちゃうと動けませんから。

いまの人は個性だなんだって言いますが、フラフラしちゃっていいんです。

もちろんちゃんと考えないとだめですけどね。

表だけ合わせても、別のときにまた同じことをやってしまいますから。

それは相手を理解することになりません。

こっちに来るなと思うからぶつからないように避けられるのであって、理解をしていないと動けませんよ。

僕は奥さんにはしょっちゅう怒られてます。

今日だって服装をチェックされましたから(笑)。

でも、僕はそういう世間的な常識に欠けているところがあるので、とても助かっています。

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昨年、テレビ番組にも出演し人気者だった愛猫まるを見送った養老さん。まると養老さんのありのままの姿をおさめたカットも、本の中に掲載されています。

猫を見習って無理をしない

――受け入れる、自足する、身体の声を聞くために何を心がけたらいいでしょうか。

(文筆家、建築家、アーティストの)坂口恭平が言っていることですが、「居心地が悪いところから立ち去れ」「資質に合わないことはするな」だと思います。

何が居心地が悪くて何が資質に合わないかは人によって違うはずだし、身体の具合と同じで本来は自分で分かるはずなんですね。

要するに自分の身体の具合が分からないようなことはするなということだし、自分の具合に気付かずにいくところまでいってしまったのが過労死ということでしょう。

いちばんは無理をしないことじゃないですか。

そういう意味でも猫を見習うといいですよ。

猫は自分がいちばん気持ちがいいところをよく分かってますから。

夏も、家の中でいちばん涼しいところで寝てますしね。

取材・文/鷲頭紀子

 

解剖学者、作家
養老孟司(ようろう・たけし)さん

1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部教授退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)の他、著書多数。

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『養老先生、病院へ行く』

(養老孟司、中川恵一/エクスナレッジ)

1,540円(税込)

大病をわずらって生死の境をさまよい、愛猫「 まる」を失って悲しみに暮れた解剖学者・養老孟司は嫌いだった医療と、どう向き合ったのか。「老い」と「病気」の違い、「まる」の死を経て感じた「身近な存在の死」との向き合い方、医師の目線から見た現在の医療システムについて、教え子である東大病院の医師・中川恵一と語り合う。漫画家ヤマザキマリさんを迎えての鼎談も収録。

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この記事は『毎日が発見』2021年12月号に掲載の情報です。

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