「自分の人生を生きる」とはどういうことなのか/岸見一郎「老後に備えない生き方」

哲学者・岸見一郎さんによる「老い」と「死」から自由になる哲学入門として、『毎日が発見』本誌でお届けしている人気連載「老後に備えない生き方」。今回のテーマは「今を生きる」。
「他者からどう見られているか」を気にしすぎると、自分の人生を生きることができなくなると言います。ではどうすればいいのでしょうか――。

前回の記事:皆となかなか馴染めず、一人になってしまう...

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即事的に生きる

アドラーはunsachlich(ウンザッハリッヒ)という言葉で、現実との接点を失った生き方を問題にしている。

unsachlich は、「事実」や「現実」を意味するSache(ザッヘ)という名詞から派生した形容詞であり、「事実や現実に即していない」、「現実との接点を失った」という意味である。

アドラーは、これとは反対に、「現実的」、「即事的」に(sachlich-ザッハリッヒ)生きるべきだという。

どう思われるかを気にしない

どんな生き方が現実との接点を見失った生き方なのか。

どうすれば地に足がついた言い方ができるだろうか。

アドラーは次のようにいっている。

「実際に『ある』ことよりも、どう『思われる』かを気にすれば、容易に現実との接点を失ってしまう」(『性格の心理学』)

人にどう思われるかをまったく気にしない人はいないだろうし、もちろん、どう思われてもいいわけではなく、よく思われたい、認められたいと思う。

そう思って生きると人前で寛げず、絶えず緊張を強いられることになる。

しかし、現実の自分を他者から見られている自分に合わせるのはおかしい。

他者からどう見られているか、どう評価されているかは、自分の価値や本質とはまったく関係ないからである。

さらに問題は、自分の人生を生きることができなくなることである。

自分の言動がどう受け止められるかということに無頓着で人から嫌われることを何とも思わないような人は論外だが、人の気持ちがわかりすぎる人は、自分の考えを主張して関係に摩擦が生じることを恐れる。

だから、本当にいわなければいけないことをいえず、しなければならないことができなくなる。

何が食べたいかと問われても、自分が食べたいものをいえず、他者の選択に委ねてしまうというようなことであれば大きな問題にはならないだろうが、好きな人との結婚を親に反対されたからといって諦めてしまったら、人生は大きく変わってしまうだろう。

ありのままの自分を受け入れる

自分の人生を生きるためには、他者からの評価を気にかけず、現実のありのままの自分を受け入れなければならない。

子どもの頃、こうあるべきだという理想を親から与えられ、親の期待通りに生きてきた人は、自分の人生を生きないで、親の人生を生き、その意味で現実との接点を失って生きてきたのである。

しかし、自分はこのありのままの自分でしかない。

他者から与えられた理想に自分を合わせようとし、その理想から現実の自分を引き算することはないのである。

老いた自分、病気の自分もありのままの自分として受け入れたい。

若かった自分、健康だった自分ではなく今の自分を受け入れなければ、今の現実から遊離した人生を生きることになる。

自分の人生を生きる

何かが実現すれば、その時初めて本当の人生が始まると考えるのも、現実との接点のない生き方だ。

何かの実現を待たなくても、今は仮の人生ではなく本当の人生である。

私の母は子どもたちの成長を心待ちにし、義母の介護のために、自分の楽しみを脇に置いて懸命に生きた。

子育て、義母の介護から手が離れ、ようやく自分の人生を生き始めた途端に病に倒れた。

無論、子育てや介護の最中で自分の人生を生きることは難しいが、難しいのであればなおさら意識的に自分の人生を生きることに努めなければならない。

プライベート(private)はラテン語のprivare (プリヴァーレ)が語源であり、その意味は「奪う」である。

自分のプライベートな時間は奪い取らなければならないのだ。

母親の介護を十年続けた絵本作家の言葉を作家の落合恵子が引いている(落合恵子『母に歌う子守唄』)。

「あの夜、私は駅前の喫茶店でコーヒーを飲んだの」

あの夜、一体何があったのか。

母親は私を待っている、でも、帰りたくなかった。

その気持ちが通じたのか、娘をこんなにも疲れさせてはいけないと思ったのか、母親は翌朝早くに亡くなった。

コーヒーを飲んでから帰ったことと母親が亡くなったことには、もちろん因果関係はない。

他の家族らが責めるかもしれないが、介護をしている人が、自分一人だけの今を過ごしていけない理由はない。

前に(第19回)も書いたが、私も同じような経験をしたことがある。

大学を休み、週日はずっと母の病床で過ごした。

当時私は若かったけれども、毎日十八時間病床で過ごすことは体力的につらかった。

こんなことが後一週間続いたら、私の身体が持たないと思った矢先に母は死んだ。

私の場合も、このように思ったことと母の死には因果関係はないが、そのことで長く自分を責めることになった。

私は学生だったので母と過ごす時間は長かったが、それでも母を一人で看病していたわけではなかった。

私の問題は、母と過ごす時間に一人でいたいと思い、週末、一人で過ごす時間に目の前にいない母の心配をしていたことである。

後に父の介護をしていた時は、精一杯、父と一緒にいようと思った。

看病や介護の他にするべきことやしたいことは多々あったが、できることは母や父の側にいることだった。

それが現実であれば、親と同じ時間を生きることが現実との接点を見失わない生き方だったのである。

ぜひ、じっくりと読んでみてください。岸見一郎さん「老後に備えない生き方」その他の記事はこちら

 

岸見一郎(きしみ・いちろう)さん

1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)をはじめ、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

この記事は『毎日が発見』2020年3月号に掲載の情報です。

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