皆となかなか馴染めず、一人になってしまう.../岸見一郎「老後に備えない生き方」

哲学者・岸見一郎さんによる「老い」と「死」から自由になる哲学入門として、『毎日が発見』本誌でお届けしている人気連載「老後に備えない生き方」。今回のテーマは「それでも変わらない私」。自分のライフスタイルを生きていくためにはどのようにしたら良いのか。読者からの相談に対して、岸見さんはどのように考察されたのでしょう――。

※読者の相談は太字部分になります

前回の記事:認知症になっても「私」が「私」でなくなるわけではない/岸見一郎「老後に備えない生き方」

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自分らしく生きる

読者からの相談を見てみよう。

「いろいろなサークルなどに行くが皆となかなか馴染めず、一人になってしまう」

私は高校生の時に友人がいなかった。

そのことを心配した母が担任の先生に相談したことがあった。

先生は、彼は友だちを必要としないといった。

母は先生の言葉を聞いて納得した。

私も友だちがいないことを苦にしていたわけではなかったが、母を介してその言葉を聞いて私は、友だちがいないのではなく、友だちを必要としないのだと思ったら、何としても友だちを作ろうなどとはいよいよ思わなくなった。

その後の人生でもこの姿勢を貫いている。

サークルに何を求めるかによって違ってくるが、何かを学ぶことが主目的なのであれば他の人と仲良くしようと思う必要はない。

他の人に話しかけないと協調性がないという人もいるかもしれないが、そんな人は放っておけばいい。

「他の人が自分を嫌っているかどうか考えて行動していない。摩擦は避けたいので、この人は無理と思ったらあまり近づかないようにしている」

他の人から嫌われることを恐れ、人からよく思われたいと考えて行動する人は多い。

アドラーは「認められようとする努力が優勢となるや否や、精神生活の緊張が高まる」といっている(『人間知の心理学』)。

そんな努力をやめたら楽に生きられる。

アドラーは、続けて、認められようとする人は行動の自由が著しく制限されるといっている。

いいたいこともいえなくなるからである。

人と関われば摩擦が生じないわけにはいかないので、無理と思う人にあまり近づかないのは賢明だと思う。

他の人の目をまったく気にしなかったら傍若無人な生き方になってしまうが、人に配慮できる人であれば、時に人からどう思われるかを気にしないで、自分の生き方を貫く勇気を持ってほしい。

「何が起こるかわからないのが人生であるが、それでも長く生きていると、少し予測が立てられる。だから、少しは計画は立てていきたいと思う」

次の瞬間に何が起こるかまったく見当もつかないようであれば生きていけないので、これまでの経験から次に何が起こるかを予想して生きることは必要である。

他の人がどんな人なのか、どんなことをする人なのかもある程度はわかってくる。

しかし、人生を型に当てはめてしまうと、予想もつかないことが起こった時にパニックになることがある。

思いがけないことが起こっても、それとどう向き合うかを考えることを楽しむくらいの余裕はほしい。

ぜひ、じっくりと読んでみてください。岸見一郎さん「老後に備えない生き方」その他の記事はこちら

 

岸見一郎(きしみ・いちろう)さん

1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)をはじめ、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

この記事は『毎日が発見』2020年2月号に掲載の情報です。

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