東北方言「山サ行く」の「サ」はどんな時に使う? 地域差もある「サ」と「ニ」の使い分け

意味が抽象的になると「サ」より「ニ」が使われがち

しかし、東北方言の「サ」はもともとが〈空間的な移動の方向〉の意を表す表現ですから、「に」と異なる部分もあります。

たとえば、図1に示した福島県小高方言では、人間や容易に動かせる物の存在場所は「サ」で表せますが、「役場は大町にある」のように固定された物の存在場所は、「サ」ではなく「ニ」で表されます。また、「犬に追いかけられた」(受身の相手)、「いい天気になった」(変化の結果)のような「に」も、「サ」ではなく「ニ」が用いられます。〈空間的な移動の方向〉という意味から離れ、意味が抽象的になるにつれ、「サ」は使われなくなるわけです。

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東北方言「山サ行く」の「サ」はどんな時に使う? 地域差もある「サ」と「ニ」の使い分け nihongo_p081_2.jpg

「サ」の意味の広がりは、東北方言の中でも地域差があります。上の図2は、「東の方へ行け」「ここにある」「大工になった」「犬に追いかけられた」という文で「サ」が使われる地域を示したものですが、やはり〈空間的な移動の方向〉という意味が希薄になるにつれ、「サ」が使用される地域も減ることがわかります。

「サ」の意味変化は現在でも続いており、たとえば、秋田方言では、「本はここにあるよ」といった「存在の場所」はもともと「ニ」だったのが、若い世代では「サ」が普通になっています*2。今後東北方言の中で「サ」の意味がどのように変化するか、地域差も含めて注目されるところです。

*1―大分県湯布院町は、現在の大分県由布市湯布院町。
*2―秋田県教育委員会編(2000)『秋田のことば』無明舎出版
*小林隆(1995)「東北方言における格助詞「サ」の分布と歴史」『東北大学文学部研究年報』第44号、pp.217-244、東北大学文学部

 

回答者:井上 優

日本大学 文理学部 教授。専門は現代日本語の文法・意味だが、中国語話者が 身近にいることから、日本語と中国語の対照研究も行っている。

 

編者:国立国語研究所

昭和23(1948)年に、日本人の言語生活を豊かにする目的で誕生した、日本の「ことば」の総合研究機関。 ことばの専門家が集まり、言語にまつわる基礎的研究および応用研究を行う。 平成21(2009)年10月に大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立国語研究所となり、大学に属する研究者とともに大型の共同研究・共同調査を行うなど、さらに活発な活動を展開。略称は国語研、NINJAL。


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※本記事は国立国語研究所編集の書籍『日本語の大疑問2』(幻冬舎)から一部抜粋・編集しました。

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