意味が抽象的になると「サ」より「ニ」が使われがち
しかし、東北方言の「サ」はもともとが〈空間的な移動の方向〉の意を表す表現ですから、「に」と異なる部分もあります。
たとえば、図1に示した福島県小高方言では、人間や容易に動かせる物の存在場所は「サ」で表せますが、「役場は大町にある」のように固定された物の存在場所は、「サ」ではなく「ニ」で表されます。また、「犬に追いかけられた」(受身の相手)、「いい天気になった」(変化の結果)のような「に」も、「サ」ではなく「ニ」が用いられます。〈空間的な移動の方向〉という意味から離れ、意味が抽象的になるにつれ、「サ」は使われなくなるわけです。
「サ」の意味の広がりは、東北方言の中でも地域差があります。上の図2は、「東の方へ行け」「ここにある」「大工になった」「犬に追いかけられた」という文で「サ」が使われる地域を示したものですが、やはり〈空間的な移動の方向〉という意味が希薄になるにつれ、「サ」が使用される地域も減ることがわかります。
「サ」の意味変化は現在でも続いており、たとえば、秋田方言では、「本はここにあるよ」といった「存在の場所」はもともと「ニ」だったのが、若い世代では「サ」が普通になっています*2。今後東北方言の中で「サ」の意味がどのように変化するか、地域差も含めて注目されるところです。
*1―大分県湯布院町は、現在の大分県由布市湯布院町。
*2―秋田県教育委員会編(2000)『秋田のことば』無明舎出版
*小林隆(1995)「東北方言における格助詞「サ」の分布と歴史」『東北大学文学部研究年報』第44号、pp.217-244、東北大学文学部