美しく、どこか懐かしい風景の数々...アメリカ・バーモント州の「春の魅力」/バーモントの片隅に暮らす(6)

「50代は十分若いわ。やりたいと思ったらやりなさい」。ターシャ・テューダーにそう言われ、アメリカのバーモント州を舞台に「夢」を追い続ける写真家、リチャード・W・ブラウン。ターシャの生き方に憧れ、彼女の暮らしを約10年間撮影し続けた彼の感性と、現在75歳になる彼の生き方は、きっと私たちの人生にも一石を投じてくれるはずです。彼の著書『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(KADOKAWA)より、彼の独特な生活の様子を、美しい写真とともに12日間連続でご紹介します。

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朝の搾乳の後、少年と犬に付き添われて牧草地に向かうウシたち。

いよいよ春本番。

うれしい季節だ。

みんながいちばん好きな季節だと思う。

蚊やブユが出てくるのは問題だが、それ以外、嫌なことは何もない。

長い間待ち望んだ再生のとき。

すべてが活発になる時期。

バーモント人なら、この時期にバーモントを離れることなど考えもしないだろう。

本格的な春は5月初旬から中旬にやってくる。

木の芽がふくらみ始め、丘の斜面は赤や紫色に染まる。

気温も15度を超え始める。

そして気候が順調なら2週間もたたないうちに、赤や紫の木の芽が若葉に変わる。

葉の色は木によって赤っぽかったり、紫っぽかったり、緑だったり、それも温かい緑から冷たい緑までさまざまだ。

あたりを眺めると、それらの色が絵画のように混ざり合って広がっている。

カラフルなタペストリーのようだ。

もう、気温が零下になることもないし、60センチメートルの積雪もない。

道路も泥沼ではないので、気分が楽だ。

厚いズボン下も要らない。

普通の場所なら長靴も履かなくてよくなる。

解放された気分、自由になった気分だ。

長い冬を耐え忍んだことに対するうれしいご褒美。

とても幸せな気持ちだ。

花木も咲きだす。

果樹の花も咲き始める。

それはそれはよい香りだ。

畑では耕作と種まきが始まる。

掘り返した土のにおいがあたりを覆う。

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馬に犂(すき)を付ける農夫。

風景の中で、いろいろなものが動きだす。

ヒツジ農家の庭先では子ヒツジが飛び跳ねている。

ウシの放牧も始まる。

ウシたちは、毎朝、牧草地に連れ出され、夕方、搾乳のために牛舎に連れ戻されるまで、草を食み、自由に過ごす。

ウシが飛び跳ねたり、笑ったりするのは、見ていて楽しい。

ウシも人間と同じように、長い冬から解放されてうれしいのだ。

春後半には、野生の子ジカが生まれる。

生まれたばかりの子ジカはにおいがないので、コヨーテやクマに襲われることがない。

自然はよくできている。

だがちょっと大きくなると、コヨーテに狙われる。

親ジカはそれを知っているので、子ジカを人間の家や納屋の近くに置いて、餌を食べに出かける。

母ジカが戻ってくるのを待っている子ジカは、そのうち地面に横になって寝てしまったりするので、思わず踏みそうになる。

子ジカはまだら白い斑模様があり、とてもかわいい。

そう、バンビそのものだ。

見たら好きにならないではいられない。

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乳を飲む野生の子ジカ。

鳥ではアメリカムシクイがやってくる。

この鳥はとても種類が多く、それぞれ羽の色が違うが、どれも美しく、声もよい。

中米とカナダ北部の間を行き来する渡り鳥で、この時期、北に向かう途中、バーモントで羽を休めるのだ。

見つけて種類を見極めるのも楽しい。

チョウは、マッドシーズン中から見かけ始めるが、キベリタテハというベルベットのような光沢のある羽に黄色い縁どりのあるチョウを見かけるようになると、ああ、春本番も間近だと思う。

そのうち、ありとあらゆるチョウが飛び始める。

タイガー・スワローテールというアゲハチョウは、黄色い羽根が美しい。

そして、南から渡ってきたオオカバマダラが現れると、本当に春が来た、というサインだ。

春が来て困ることといえば、することがたくさんあって、家に入る暇もないことだろう。

まず、除雪機が使い過ぎで壊れているし、庭の植物は雪で倒れているし、庭中にネズミが掘ったトンネルができている。

そうしたことをみんな、始末しなければならない。

農家はもっと忙しい。

一年でいちばん忙しい時期だ。

ぼくは、今は農業をしていないので春を楽しんでいるが、農家をしていた頃はそれどころではなかった。

もうひとつ困るのが虫だ。

やっかいなのはブユ。

たった1ミリくらいなのに貪欲で、人にまとわりついて血を吸う。

運がよければブユは2週間ほどでいなくなるが、その後には蚊が控えている。

蚊も大量に発生する。

蚊もブユなみに、あるいはそれ以上にやっかいだ。

ぼくがバーモントに引っ越した50年前には誰も話題にしなかったダニが、今は大問題になっている。

犬にはダニ駆除薬があるが、人間に施して安全な薬はまだ開発されていない。

人間は犬よりずっと長生きなので、犬用に開発された薬を使い続けるのは危険なのだ。

だが、刺されるとライム病などの感染症になる可能性があるので、ダニがつかないように気をつけなければいけないし、刺されていないかどうか時々検査しなければならない。

検査で陽性だったら治療薬はある。

ぼくは、年に6回から10回は刺される。

何はともあれ、長かった冬が終わって劇的な変化を見せる春という季節が、ぼくは大好きだ。

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早春のシラカバ林。

最初から読む:19世紀に迷い込んだのか...⁉ ターシャ・テューダーとの出会い/バーモントの片隅に暮らす(1)

【まとめ】『バーモントの片隅に暮らす』記事リスト

美しく、どこか懐かしい風景の数々...アメリカ・バーモント州の「春の魅力」/バーモントの片隅に暮らす(6) バーモント書影.jpgターシャ・テューダーとのエピソードやバーモント州の自然の中で暮らす様子が、数々の美しい写真とともに4章にわたって紹介されています

 

リチャード・W・ブラウン
写真家。ハーバード大学で美術を学んだ後、教師をへて写真家に。ターシャと同じボストン出身、バーモント在住。1990年から2007年にかけて、ターシャを何度も訪ねて庭や暮らしを撮影し、『暖炉の火のそばで』『ターシャ・テューダーの世界』『ターシャの庭』『ターシャの家』など多数の写真集を出版。これらの写真集によってターシャ・テューダーの美しい庭やナチュラルライフが広く知られるようになった。ニューイングランドの自然や人々の暮らしをとらえた写真集も定評がある。


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『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』

(リチャード・W・ブラウン/KADOKAWA)

ターシャ・テューダーの生き方に憧れ、ターシャの暮らしを約10年間撮影し続けた筆者は、27歳からターシャと同じバーモント州に住み、広大な自然を守りながら、半自給自足の生活を送ってきました。充実の晩年を送る彼の家・仕事・趣味・病・バーモントへの思い・ターシャへの尊敬の念などを、多数の美しい写真とともに紹介している一冊です。

※この記事は『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(リチャード・W・ブラウン/KADOKAWA)からの抜粋です。

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