「50代は十分若いわ。やりたいと思ったらやりなさい」。ターシャ・テューダーにそう言われ、アメリカのバーモント州を舞台に「夢」を追い続ける写真家、リチャード・W・ブラウン。ターシャの生き方に憧れ、彼女の暮らしを約10年間撮影し続けた彼の感性と、現在75歳になる彼の生き方は、きっと私たちの人生にも一石を投じてくれるはずです。彼の著書『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(KADOKAWA)より、彼の独特な生活の様子を、美しい写真とともに12日間連続でご紹介します。
生け花にするシャクヤクを摘む。後方、石垣の上にコーギコテージの母屋。
ぼくがターシャ・テューダーと初めて出会ったのは、1988年のことである。
ターシャ・テューダーは、長年、多くの人に愛されてきたアメリカの絵本作家・挿絵画家だが、バーモント州の山中に美しい広大な庭をひとりでつくり上げ、そこでひとりで、19世紀風の自給自足に近い暮らしをしていた。
ぼくは、1960年代の終わりに、それまで住んでいたマサチューセッツ州のボストン近郊からバーモント州に移り住んだ。
そこで、ぼくが育った環境とあまりにも違うバーモント州に惹かれ、バーモントの風景や人々の暮らしをひたすら撮影していた。
そのうち、主に雑誌社などからの仕事で、アメリカの他州や海外にも行くようになった。
すると、文化による庭づくりの違いに興味を覚え、各地の庭を専門に撮るようになり、「ガーデン写真家」と呼ばれるようになった。
それがターシャ・テューダーとの出会いにつながったのである。
その年、ぼくは、アメリカのガーデニング雑誌「ホーティカルチャー」からターシャの温室の撮影を頼まれ、ターシャを訪ねた。
ターシャはすでに有名な絵本作家で、その美しい庭も雑誌や新聞にときどき取り上げられてはいたが、ぼくはあまりよく知らなかった。
ターシャの家は、バーモント州の南端マールボロにあり、同州の北端に近いピーチャムのぼくの家からは車で3時間弱だ。
州間高速道路を南下し、州道で山に向かい、簡易舗装の市道に入ってしばらく行くと、ターシャの住まい〈コーギコテージ〉への入り口がある。
野原の真ん中を通る細道を上がっていくと、古ぼけた農家があり、その前に大きな庭が広がっていた。
車を降りてみると、ヤギがいて、ニワトリが放し飼いにされていて、洗濯物が干してある。
もしや19世紀に迷い込んだか、と思うくらい不思議な感覚に襲われた。
ドキドキしながら裏口のドアをノックすると、中から何匹もの犬の吠え声と、床を引っ掻く足音が聞こえた。
ドアが開き、 現れたのは、いかにもこの家の持ち主らしい、19世紀の雰囲気をまとった女性だった。
それがターシャだった。
ターシャに甘えるネコのミノー。
家の中に入って、さらに驚いた。
室内の落ち着いた光は、まさに昔の絵を見るようだ。
その中に浮かび上がるカントンチャイナの食器や壺、 薪ストーブの上に掛けられた銅鍋、アンティークの椅子やテーブル、大きな暖炉。 あちこちの鳥かごで鳥たちがさえずり、コーギ犬が撫でてもらおうと我先にと寄ってくる。
ますます、19世紀の世界だ。
温室の写真を撮りながらも、ぼくは落ち着かなかった。
ターシャを撮りたい、ターシャの家、ターシャの暮らしを撮りたいという思いで、心がはやっていたからだ。
だが、ターシャが何と言うかわからない。
ぼくは案じながら、 自分の写真集を持ってターシャを再度訪ね、「一緒に本を作りたい」と申し出た。
すると、「いいわよ」という快い返事が返ってきた。
ぼくはほっとし、それから8年にわたってターシャの住まい〈コーギコテージ〉に通い、ターシャを撮り続けた。
【次のエピソード】アメリカのカメラマンが魅了された「不思議なターシャ・テューダーの魅力」/バーモントの片隅に暮らす(2)
ターシャ・テューダーとのエピソードやバーモント州の自然の中で暮らす様子が、数々の美しい写真とともに4章にわたって紹介されています