「50代は十分若いわ。やりたいと思ったらやりなさい」。ターシャ・テューダーにそう言われ、アメリカのバーモント州を舞台に「夢」を追い続ける写真家、リチャード・W・ブラウン。ターシャの生き方に憧れ、彼女の暮らしを約10年間撮影し続けた彼の感性と、現在75歳になる彼の生き方は、きっと私たちの人生にも一石を投じてくれるはずです。彼の著書『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(KADOKAWA)より、彼の独特な生活の様子を、美しい写真とともに12日間連続でご紹介します。
ターシャがマリオネット劇にして上演した「バラと指輪」の登場人物。
撮影に行った日は、ターシャが昼食を作ってくれた。
夏は午後4時半、冬は午後4時にお茶の時間があり、紅茶を飲み、ターシャ手作りのお菓子を食べながら、いろいろな話を聞いた。
ターシャは、学校には14歳までしか行っていないというのに、本をたくさん読んでおり、ほとんどのアメリカ文学、イギリス文学に通じていた。
児童書も、代表的な作品は全部読んでおり、とくに『秘密の花園』が大好きだった。
『森の生活』を書いたヘンリー・D・ソローやその師のラルフ・ウォルドー・エマソンら、思想家の本もよく読んでいて、これらの本からの引用が、普通の会話の中で何気なく口をついて出るのである。
ギリシャ神話にも通じていて、ぼくの知らないような神々の名前や逸話を聞かされ、感心したものだ。
また、ペットや花だけでなく、薪ストーブなど無生物にも、生き物であるかのように話しかけ、叱ったり、褒めたりするのが、聞いていておもしろかった。
演技に感動したのは、マリオネットを見せてもらったときだ。
ターシャは以前、自宅の横にマリオネット劇場用の小屋をセスに作ってもらって、サッカレーというイギリスの作家の作品『バラと指輪』をマリオネット劇にして上演したことがあった。
脚本も自ら書き、人形も手作りし、演出も自分でして上演した。
その人形が小屋の壁に掛かっていたので、「あれはどうやってやるものなの?」と聞いたところ、何体か下ろしてきて、動かして見せてくれたのである。
人形とは思えないリアルな動きにも惹きつけられたが、ターシャのせりふ回しにはもっと感心した。
例えば登場人物の騎士には、騎士らしい声色とトーンでせりふを付けた。
ターシャの発想で、劇には、原作にはないコーギ犬の楽団が登場した。
その指揮者が猫なのだが、一人前に燕尾服を着て、指揮棒を振って指揮をするうちに、興奮するとヒステリックな声を発し、尾をぐるぐる回すのである。
ぼくは大笑いしてしまった。
ターシャの父はライト兄弟と肩を並べる飛行機の設計家・製造技師で、歴史に名を残すヨットの設計家でもあった。
母も肖像画家として活躍していたが、9歳のときに両親が離婚し、ターシャは、両親の親友の家族と暮らすことになる。
両親ともボストンの名家の出だったため、ターシャは社交界の令嬢として、しかるべき相手を見つけて結婚することを求められたが、本人は田舎暮らしに憧れた。
そして、コネティカット州で出会った青年と結婚し、農場を営みながら4人の子どもを育てていたが、夫が農業が嫌になって出て行ってからは、絵の仕事で必死に働き、子どもたちを育て上げた。
そんな生い立ちも興味深く、困難な状況に置かれても、自分の努力と才能で切り抜けてきた、その凛とした自立心にも感心した。
ただの優しいおばあちゃんではなく、頭がよくて、「みんなが欲しいのは心の充足。幸せになりたいというのは、心が充たされたいということでしょう?」などと、ハッとさせられることを言う。
さらに、ターシャはとても協力的で、どんなことがあっても文句を言わなかった。
ターシャのそばにはいつもコーギ犬がいるので、そういう写真を撮りたいと思っても、犬は思うように行動してくれない。
するとターシャがコーギに何気なく話しかけてくれるので、いつもよい写真が撮れた。
することがあって忙しいときも、「紅葉がちょうどよいので森へ行ってみたい」と言うと、「いいわよ」と言って来てくれただけでなく、思いがけず生まれたその時間を楽しんでくれた。
ターシャほど「一緒によいものを作ろう」と進んで協力してくれた人はいない。
ターシャは最高の被写体でありモデルだった。
愛犬のコーギを連れて雪の中を散歩する。手前の建物がマリオネット劇場。
ターシャ・テューダーとのエピソードやバーモント州の自然の中で暮らす様子が、数々の美しい写真とともに4章にわたって紹介されています