高野公彦さんは現代を代表する歌人ですが、食べ物の歌が多いことでもよく知られています。『うたを味わう 食べ物の歌』(柊書房)という楽しい著作もあります。「五月の味」を開くと、北原白秋の歌があります。
厨戸(くりやど)は夏いち早し
水かけて雫したたる
蝦蛄(しゃこ)のひと籠
『白南風(しらはえ)』
シャコの歌です。高野さんは「これはたぶん漁師から買ったとれたてのシャコであろう。爽やかな初夏の季節感と、また作者の健康な食欲が伝わってくる」と書いています。愛媛生まれの高野さんは少年時代に近くの浜辺でシャコをとって家に持ち帰り、母親に茹でてもらって食べたことがあるそうです。
『短歌研究』3月号(短歌研究社)より、高野さんの食べ物の新作をご紹介します。
パンの耳あれど豆腐の耳無くて
するする食めり
奴どうふを
面白い歌ですね。高野さんはどうやらパンをあまり好きではなく、豆腐が好みのようです。
四国出の
山猿われは
さうめんを煮麺にして
冬も楽しむ
煮麺を楽しみ食べている歌です。『うたを味わう』のあとがきに「好きな物」が書いてあり、「めん類、豆腐、魚」とのこと。
海流が外房沖をゆく速さ
思ひて食へり
鰯のなめろう
これは魚の歌です。この「鰯のなめろう」は酒の肴でしょう。また、いかにも居酒屋という歌もあります。
モツうまい
ケータイ忘れた
耳遠き年寄りたちの
酒飲み話
大声で「年寄りたち」が喋っているのでしょう。高野さんもその夜はモツを楽しんだのかも。
<伊藤先生の今月の徒然紀行10>
私の住む宮崎県で以前、『みやざき百人一首』という本を作ったことがあります。宮崎県の名所や名産を全国の歌人に詠んでもらい、一冊の本にしました。食べ物の歌ももちろん入っています。3首ご紹介します。
「乾杯のグラスに映る 鉄板の宮崎牛が立ち上げる湯気」。佐佐木幸綱さんの宮崎牛の歌です。おいしそうですね。「ぼたんなべこの熱あつを噛みしめて世を異にせるかの友どちよ」。田村広志さんは猪鍋を食べながら亡き友を思い出しています。「みやざきの香菓(かぐのこのみ)の日向夏ひかりの玉のごとく手に受く」。馬場あき子さんの新鮮な日向夏の歌です。食べ物は歌になりますね。