65歳以上の認知症患者は、なんと、およそ5人に1人! 人生100年と言われる現在、身体の寿命と同じように、脳の健康を延ばすことが人間の長生きの幸せなのではないでしょうか。そこで今回は、順天堂大学名誉教授で、アルツハイマー治療で日本トップの新井平伊先生による『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』(文藝春秋)より、「脳の健康」を保つ方法を連載形式でご紹介します。
【前回:認知症予防策として「ながら作業」が有効。楽しいことをプラスして相乗効果を】
難聴は脳に与える刺激を減らし、孤独感を深める原因に
加齢による聴こえの悪化は、聴力だけの問題に留まりません。
聴力低下は、コミュニケーション能力の低下につながります。
その先にあるのは、社会的な孤立、うつ病、そして認知症です。
医学雑誌『ランセット』に、興味深い論文が載っていました(2017年12月)。
年代ごとに、どんな要因が認知症の発症リスクを高めるかを分析した結果です。
【18歳までの若年期】
・教育レベルの低さ 7.5%
【45歳〜65歳までの中年期】
・難聴 9.1%
・高血圧 2%
・肥満 0.8%
【66歳以上の高年期】
・喫煙 5.5%
・うつ病 4%
・運動不足 2.6%
・社会的孤立 2.3%
・糖尿病 1.2%
合計すると35%が、修正可能なリスク要因。
残りの65%が、潜在的で修正不可能なリスク要因という内容でした。
目を引くのは、難聴が占めるパーセンテージの突出した高さです。
難聴=聴力低下とは、他人の声や音の入力が不自由になることです。
五感のうち、人間にとって大切なのは触覚、味覚、嗅覚よりも、視覚と聴覚です。
人間は社会性をもち、コミュニケーションを発達させて進化してきた生物です。
一次的な情報の収集では視覚が大事ですが、人と人とのコミュニケーションにおいて最も重要なのは、聴力なのです。
聴こえが悪くなると会話についていけなくなり、コミュニケーションが楽しくなくなります。
もっと悪い場合には、聞き間違いの誤解からトラブルが生じたりします。
人間にとって他人との交流が一番大事なのに、人に関わるのが億劫になり、何事にも引っ込み思案になります。
行動を自ら制限し、その範囲を狭め、運動不足になります。
つまり意欲が衰え、感情と知能への刺激が減り、すべての活動が低下して、脳は老化していくのです。
脳の健康という観点から言うと、聴力低下は脳に与える刺激を減らすのみならず、人間の社会生活を制限し、孤独感を深めてしまう原因です。
行きつく先は、社会的孤立です。
前述の『ランセット』の論文の「難聴 9.1%」には、このような多くの要素が含まれていると考えられます。
加齢によって聴力が衰える原因は、耳の奥にある蝸牛という器官の老化や、聴神経に関わる血管の正常老化です。
生活習慣病による血管の老化も関係します。
長年イヤホンやヘッドホンで大音量の音楽を聴き続けたり、騒音にさらされる仕事に携わったせいで、蝸牛内部の有毛細胞が傷つく場合もあります。
また、遺伝的な要因も大きいと言われます。
下記に思い当たる項目があれば、難聴が始まっているかもしれません。
●会話の中で、聞き間違いが多くなった。
●後ろから呼ばれると、気づかないことが多い。
●大勢の人がいるところで、言葉がよく聞き取れない。
●電子レンジや体温計などの電子音が聞こえにくい。
●家族に、テレビの音量や電話の話し声が大きいと言われる。
ただし聴力障害に対しては、医学がかなり進んでいます。
手術で治る場合もありますし、骨伝導を利用する優れた補聴器が出回っています。
認知機能が落ちる前に適切な対策を取れば、対人コミュニケーションと社会性を維持することが可能です。
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