いつの時代も怖い病気の代表に挙げられる「がん」。たとえ自分や家族が患ってしまったとしても、心の準備と備えがあれば、少しは気が楽になるかもしれません。そこで、1000件を超えるがん手術に携わった専門医・佐藤典宏さんの著書『手術件数1000超 専門医が教える がんが治る人 治らない人』(あさ出版)から、がんに対抗するために知っておくべき「5つの力」について、連載形式でお届けします。
ガンが治る人 治療中も筋肉量が保たれている/ガンが治らない人 治療中に筋肉量が低下している
ガンを克服するための必須条件の1つとして、体力(全身持久力と筋力)があります。
ガン患者さんは、多くの場合、体力が低下します。
入院中は体を動かすことが減り、筋力が低下するからです。
たった1~2週間程度の短い入院でも、退院するときに足腰が弱ってしまうガン患者さんが多くいらっしゃいます。
また、手術や抗ガン剤などの治療も体力を奪っていきます。
じつは、この体力の低下が、ガンを進行させ、再発や死亡率を上げることが明らかになっています。
実際に、ガンの手術前に全身持久力や筋力、および筋肉の量が低下すると、手術後の合併症が増え、また手術による死亡率が増えるという報告があります。
持久力を調べる検査に、6分間歩行テストがあります。
これは一周30メートル以上の道、または折り返し地点のある50メートル以上のまっすぐな道を、できるだけ速く歩き、6分間での歩行距離を測定するテストです。
このテストは、リハビリテーションにおける、身体能力を調べる際にも使われています。
一般的に、6分間歩行テストの結果が400メートル未満であれば、持久力(身体機能)は低下していると判断します。
日本の研究によると、肝胆膵領域のガン患者さん81人において、手術前1週間以内に6分間歩行テストを行ったところ、歩行距離が400メートル未満であった患者さんでは、重症の合併症がおよそ2倍近くまで増えていました。
同じように、筋力の低下も術後の合併症を増やす要因になります。
たとえば、筋力は握力で測りますが、一般的に男性では26㎏未満、女性では18㎏未満(ペットボトルのフタが開けられない状態)だと、「筋力低下がある」と診断されます。
胃ガンの患者を対象とした日本の臨床研究では、手術前の握力が保たれている患者は合併症率が11%であったのに対し、握力が低下(男・女それぞれ全体の20%以下)している患者は、合併症率が22%と、2倍にもなっていました。
特に、握力が低下したグループには、肺炎になる患者さんも多くなるという結果でした。
手術前の筋肉の量がその後を決める
また、最近の研究では、手術前の「サルコペニア」が合併症を増やし、死亡リスクを高めることが明らかとなりつつあります。
サルコペニアとは、「筋肉量の低下に加えて筋力の低下または身体能力の低下のいずれかがある状態」です。
簡単に言うと「筋肉やせ」で、「手足の筋肉が落ちて細くなり、日常生活の動作が遅くなる」といった状態を思い浮かべてもらえればいいと思います。
多くの研究で、サルコペニア(あるいは肥満をともなうサルコペニア)がある患者さんは、手術後に合併症になるリスクが高くなり、また死亡率が上がることが報告されています。
たとえば、胃切除を受けた胃ガン患者を対象とした研究によると、サルコペニアがある患者では、重症の術後に合併症になるリスクが3倍も高く、また死亡率も60%増えていたといいます。
他のガン(食道ガン、肝臓ガン、膵臓ガン、大腸ガンなど)も、サルコペニアがある患者さんは、手術後の重症の合併症が40%も増え、また死亡率も1・5~3倍高くなることが報告されています。
このように、持久力、筋力、そして筋肉量の低下は、手術後の合併症や死亡のリスクを高める重要な因子なのです。
抗ガン剤治療中に筋肉量が減少する理由
また、抗ガン剤治療中にも、多くの患者さんは筋肉が落ちることが知られています。
特に、手術前に抗ガン剤治療を受ける人は、より多くの筋肉量が減少すると報告されています。
消化器ガン(食道ガン、胃ガン、膵臓ガンなど)の患者さん225人を対象とした研究では、3ヶ月以上(100日間)の抗ガン剤治療で、平均で1㎏もの筋肉(骨格筋)が失われたといいます。
お肉屋さんで目にする1㎏の肉のかたまりを想像してください。
すごい量と思いませんか?
抗ガン剤治療中に筋量が減少する理由はさまざまです。
食欲がなくなることで食事量(特にタンパク質の摂取量)が減ること、疲労感から活動性(運動量)が低下すること、抗ガン剤による肝臓などの臓器障害、あるいはガンの進行による代謝異常などが、原因として挙げられています。
この抗ガン剤治療中の筋肉量の減少は、体重の低下とはまた別の問題であり、回復を遅らせる重要な因子になるという報告が増えています。
また、転移のある大腸ガン患者67人を対象に、抗ガン剤治療中の筋肉(骨格筋)量の変化と生存期間との関係について調査した研究があります。
筋肉量の減少が高度(9%以上)であったグループでは、あまり減少していなかったグループ(9%未満)に比べて、明らかに生存率が低下していました。
さらに、他の因子(年齢・性別・併存疾患など)で調整した予後因子の解析では、治療中の筋肉量の減少が高い(9%以上)と、死亡率をおよそ5倍に増やすという結果でした。
この他にも、食道ガン、胃ガン、膵臓ガン、胆道ガン(肝内胆管ガン、胆嚢ガン、肝外胆管ガン、十二指腸乳頭部ガン)および卵巣ガン患者を対象とした研究でも、抗ガン剤治療中に筋肉量が減少したグループでは、維持されていたグループに比べ全生存期間が明らかに短くなっていました。
つまり、抗ガン剤治療中の骨格筋量の減少は、生存率の低下をもたらすことが示されたのです。
このことから、抗ガン剤治療をのりきるためには、筋肉量を保つことが重要であると考えられます。
筋肉は手術だけでなく、抗ガン剤治療を受ける患者さんにも必要なのです。
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