「咳が1週間くらい長引いても自然に治るのを待つ」というあなた。放置していると全身に悪影響を及ぼすかもしれません。毎月2000人以上の患者を治療してきた呼吸器の名医・杉原徳彦先生は、実は悪さをしているのは「のどではなく鼻の奥」と言います。そこで、杉原先生の新刊『つらいせきが続いたら鼻の炎症を治しなさい』(あさ出版)から、「長引く咳」の正体から治療法までを連載形式でお届けします。
高い効果がある!「Bスポット療法」
咳ぜんそく(気管支ぜんそくも含む)は、一般的な薬物治療のほか、いくつかの特殊な治療法があります。それぞれかなりの効果が期待できるとして、さまざまな医療機関で積極的に取り入れられています。
まず、私がすすめている治療法の1つに「Bスポット療法」(保険適応)があります。
これは、鼻の最奥部にある上咽頭を、塩化亜鉛を染み込ませた綿棒をのどと鼻から入れてこすり、上咽頭にある炎症性の物質を取り除く治療法です。
これは本来、上咽頭炎を治療するものなのですが、咳ぜんそくや気管支ぜんそく、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎の症状をやわらげる効果もあります。
上咽頭は、鼻から吸い込んだ空気が、のどや気管支などの下気道に流れる入口になる場所です。そのため、外部からのウイルスや細菌を撃退する役割を担うリンパ球などが数多く存在し、つねに外部からの侵入者と闘っています。
上咽頭はつねにウイルスや細菌の侵入にさらされているため、炎症が起こりやすい場所でもあるのです。
鼻の炎症が全身の免疫力を下げる
そして、上咽頭の炎症は、その周辺の鼻や耳、のどの痛みなどのほか、咳ぜんそくやIgA腎症などの疾患、痰、咳、鼻づまり、後鼻漏、さらには頭痛、首・肩のコリ、めまい、耳鳴り、慢性疲労、しびれ、関節痛など、さまざまな体の不調の原因となるといわれています。
近年の研究では、上咽頭炎が一部の自己免疫疾患(体を守る免疫システムが正常に機能しなくなり、自らの体を攻撃することで起こる病気の総称)の原因にもなっていることも明らかになってきています。
副鼻腔炎から発生した炎症性の物質は、上咽頭にも炎症につながるだけではなく、体の弱いところで発生している炎症を悪化させ、動脈硬化、がん、リウマチ、膠原病(こうげんびょう)なども引き起こすのです。
咳に関係する疾患としては、逆流性食道炎もあります。最近は内視鏡で見つからない逆流性食道炎もあり、これらも炎症性物質が関係していることがわかりました。
このほかにも、うつ病も慢性炎症がかかわっていることが近年注目されており、副鼻腔炎や上咽頭炎の慢性炎症が、全身のさまざまな不調に影響をおよぼすことが、明らかになってきているのです。
Bスポット療法は、これらの不調や疾患の原因となっている炎症を取り除き、上咽頭周辺の粘膜をきれいにしていきます。
また、この治療の炎症を鎮める効果は、炎症性の物質を取り除くだけではなく、上咽頭の周辺に集中する迷走神経を刺激することによっても生じます。
迷走神経は副交感神経に属し、その副交感神経は炎症を抑える働きをするからです(逆に、同じく自律神経に属する交感神経には、炎症を活性化させる働きがあります)。
Bスポット療法を開発した堀口申作先生は、どんな病気にも効くとおっしゃっていたといいますが、私の経験からもその効果を実感しています。
のどの不快感や腫瘍があっという間に消えた!
当院でも患者さんから、咳に限らず、Bスポット療法の効果を実感する声がかなり寄せられています。重度の副鼻腔炎をもっていた患者さんは、劇的に症状が改善しました。
その人はそれまで、副鼻腔炎の手術も耳鼻科で何回も受けていましたが、痰のからみやネバネバの後鼻漏の症状がなかなか解消せず、当院に来院しBスポット療法を受けることになりました。
すると、治療をした瞬間から、これまでのネバネバの鼻水ではなく、サラサラとした鼻水がスーッと流れ出てきたのです。
これには患者さんも、そして治療している私もビックリでした。その後、この患者さんは、「楽になりました!」と帰られました。
ただし、1回の治療では後鼻漏を完全に治しきることはできないので、その後も後鼻漏を強く感じたらBスポット療法を受ける、というのをくり返していらっしゃいました。その結果、だんだんと後鼻漏の症状そのものが軽くなりました。
また、花粉症などのアレルギー性鼻炎や副鼻腔炎をもつ患者さんの場合、多くが鼻腔内の粘膜が腫れています。その場合はBスポット療法によってそれらが解消しやすくなります。鼻通りがよくなるなどして、「呼吸が楽になった」という感想をしばしばいただきます。
これは、上咽頭の炎症が取り除かれることで、鼻やのど、気管支でも起こっている炎症による粘膜の腫れが退いていき、長引く咳の原因となる迷走神経の刺激が起こりにくくなるからだと考えられます。また、治療によって自律神経のバランスが整うことも、咳がおさまる要因の1つとして考えられます。
さらに、ある悪性の縦隔腫瘍(じゅうかくしゅよう-胸腔で左右の肺にはさまれた部分に発生した腫瘍)をかかえた患者さんは、手術までの間、Bスポット療法のみの治療だったにもかかわらず、腫瘍が8センチから3センチに縮小した、ということがありました。
Bスポット療法の注意点
一見、夢のような治療法ですが、デメリットもあります。
鼻の穴とのどから細い棒を入れるため、少々痛みをともなうことです。炎症の状態によっては出血をともうこともあります。
そして、1回の治療で、炎症のすべてを取り除けるわけではありません。そのため、上咽頭の粘膜の炎症をきれいに取り除くには、3~6カ月の間、週1回くらいのペースで行う必要があります。
ですが、当院の患者さんたちにうかがうと、炎症がとれていくと、最初ほど痛みを感じなくなるといいます。また、出血もなくなっていきます。
痛み以上に、症状を改善・解消する効果が高いので、少なからずの患者さんが週に1回ほど、定期的に通われています。
なお、Bスポット療法は、手術等で鼻の中をレーザーで焼いた直後は受けられません。
また、鼻腔を左右に分ける鼻中隔(びちゅうかく)が極端に曲がっている人や、咽頭反射(のどの奥に指を突っ込んだときに、オエッとなる反射)が強すぎて、ちょっとした刺激でも吐き気をもよおす人などは難しいといえます。食直後に行うと嘔吐する場合もあるので、できれば空腹時のほうが好ましいでしょう。
4章にわたり、長引く咳の原因と対策を網羅。咳対策用の枕、マスク、お茶の選び方などセルフケアの実践方法も紹介されています