多くの現代人を悩ませる「うつ病」。世代や性別を問わず、また本人の周囲にまで問題が広がっていく、つらい心の病です。うつ治療といえば精神科に通うというイメージがありますが、治療手段はそれだけではありません。精神疾患治療に長年携わってきた心療内科医による、「漢方によって心身のバランスを調えて、うつを治す方法」について、連載形式でお届けします。
※この記事は『うつ消し漢方ー自然治癒力を高めれば、心と体は軽くなる!』(森下克也/方丈社)からの抜粋です。
肝のうつ(うつうつタイプ)の養生【漢方薬の選び方編】
肝は、気血の供給を調整し、精神や情緒、血液の流れをのびやかに保ちます。流れをスムーズにするのが肝の基本的な機能です。
肝の病的な状態をひと言で表せば、「滞る」です。気の流れが滞れば、憂鬱、くよくよする、ちょっとしたことが気にかかる、喉が詰まる、胸が圧迫される、息苦しいなどの症状が出ます。また、血の流れが滞れば、筋肉の緊張、痙攣、頭痛や肩こり、月経不順などが出てきます。
情緒的な落ち込み感が前面に出ますので、「うつうつタイプ」とも呼ぶことができます。みなさんがイメージする一般的なうつ病といってもいいでしょう。専門的には、肝気鬱結、気滞、瘀血(おけつ)などの病態を含みます。
では、「肝のうつ」の方は、どのような漢方薬を選べばよいのでしょうか。以下では、「虚証」「中間証」「実証」ごとに、症状別に、お勧めの漢方薬をあげています。
<虚証の方>
・疲れやすく、冷えや動悸、息切れがあり、汗をかきやすい......柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)
・頭痛、怒りっぽい、めまい、ふらつき......抑肝散(よくかんさん)
もともとは、小児のひきつけや癇(かん)の虫、夜泣き、チックなどに使っていた処方です。名前のとおり、肝気の高ぶりを抑える薬で、虚証ではありますが、そこそこ体力のある方向きです。肩こり、全身の痛みなど、筋肉の緊張の強い場合は、筋肉をリラックスさせる作用のある芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)と併用します。
・生理前に悪化する......逍遙散(しょうようさん)
・疲労・倦怠が強い、汗をかきやすい、皮膚がかさつく......黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)
<中間証の方>
・頭痛、肩こり、微熱、冷えなど......四逆散(しぎゃくさん)
四逆散は、肝気鬱結のときに使う基本的な処方です。単独で使うことも多々ありますが、症状に応じてほかの方剤と合わせます。頭痛や肩こりなど、筋肉の緊張の強い場合には肝の血虚を補う芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)を、お腹が張る、生理痛、生理の周期が乱れるなどの場合には、気のめぐりをさらに促す香蘇散(こうそさん)を合わせます。
・喉が詰まる感じ(梅核気)、喉にものがつかえているよう......半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
梅核気とは、文字どおり、梅干しほどの大きさの何かが喉仏のあたりに引っかかっているような感覚のことです。レントゲンや喉頭(こうとう)ファイバーを行っても、何も見つかりません。頻度は高く、東洋医学的に見れば、精神的ストレスによって水のめぐりが障害され、痰(たん)という病的なむくみとなって喉に現れたものです。半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)だけで効果が弱い場合は、小柴胡湯(しょうさいことう)を併用するか、両者を合わせた処方である柴朴湯(さいぼくとう)を用います。
・むくみや水様性下痢など......柴苓湯(さいれいとう)
<実証の方>
・怒りっぽい、のぼせ、ほてり、目の充血、口が苦い、便秘傾向......大柴胡湯(だいさいことう)
頭に何かが詰まった感じですっきりせず、耳鳴りや頭痛を訴えることがあります。胃腸の調子は比較的悪く、食欲不振、悪心(おしん)・嘔吐、胃痛などを訴え、便通は便秘に傾きがちです。便秘がない場合は大柴胡湯去大黄(だいさいことうきょだいおう)にします。
・動悸、不眠、不安、ものごとに驚きやすい......柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
動悸は、この薬を選ぶときのよい目印です。とくに、男性のうつ病では第一選択と考えてよい薬です。メーカーによっては、大黄(だいおう)という瀉下(しゃげ)作用の強い成分が入っていますので、下痢や軟便傾向の人は使わないほうがよいでしょう。
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