「相手の気持ちが分からない」「その場の雰囲気を察することができない」「整理整頓ができず部屋中に物が散乱している」...。仕事や家庭生活でこんな悩みを持ち、「もしかしたら自分は『大人の発達障害』かもしれない」と考える人が増えているようです。以前は「発達障害」といえば子どもの疾患だと考えられていましたが、近年、大人になってからも症状が続くことが認識されるようになりました。テレビや雑誌などでも「大人の発達障害」として、「ADHD(注意欠如多動性障害)」や、ASD(自閉症スペクトラム障害)の一種である「アスペルガー症候群」などが頻繁に取り上げられるようになっています。
発達障害とはどんな疾患で、どんな特性があるのかなどについて、発達障害の診断・治療の第一人者である昭和大学医学部精神医学講座主任教授の岩波明先生に聞きました。
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●自閉症傾向の検査や脳の画像診断、知能検査などを行う
発達障害かどうかを診断するときに最も重点が置かれるのは問診ですが、ほかにも補助的にいくつかの検査を行うことがあります。知的機能を調べるときに使用されるのは、一般的には「WAIS(ウェイス)」という成人向けの知能検査です。この検査はさまざまな内容の問題を解くので、2時間ほどかかります。内容は常識問題、計算問題、積み木を組み合わせる問題、短期記憶の指標や処理速度の指標などがあり、結果から知的レベルとともに、「どういう点が苦手なのか」が分かります。
ADHDやASDが疑われるときには脳のCT、MRIなどの画像診断を行う場合があります。大部分の人には異常が認められることはありませんが、まれに器質性の疾患を合併していることがあるからです。てんかんがみられることもあるので、できるだけ脳波検査を行います。また、ASDかどうかを診断するときに、自閉症スペクトラム指数(AQ)の検査を行うことがあります。これは自閉症傾向を測るのに使用されている自記式の検査です。正常知能を持つ成人を対象に行い、問題に解答することでその人の自閉症的な傾向を測ります。「これらの検査結果はあくまでも診断の参考として使い、検査の結果だけでASDと診断することはありません」と岩波先生。
●実際に有名私立大の学生がWAISを行ってみたら...
有名私立大学に通う現役大学生のG君(IQ115)は、バイト先で「作業が遅い」と仲間や店長から指摘され、本人もADHDではないかと気になって診察を受けに来ました。WAISを行ったところ、「処理速度」の指標が低いという結果が見られました。頭も良いし作業もこなせますが、集中力が続かないため途中で作業のスピードが落ちていたのです。WAISは知能を評価するという意味では、世界的に標準化されている有用な検査法です。しかし、その結果だけで症状を診断することはなく、問診なども考慮して総合的にADHDだと診断しました。
●ADHDなのにASDだと誤診されるケースも多い
日本ではアスペルガー症候群をはじめとするASDが、ADHDよりも先に注目されたため、本当はADHDなのにASDだと誤診されることが実は多いのです。ADHDでは薬物治療が可能ですが、ASDには認可されている薬がありません。ADHDなのにASDだと誤診されてしまった場合、薬物治療で症状を改善させるチャンスを逃してしまうことになります。
「統計的に見てもADHDの人の方が圧倒的に多いのですが、きちんとした診察や検査を行うと、改めてそれを実感します。対人関係が苦手、変人タイプで周囲から孤立している、というだけでASDだと診断された人でも、実はADHDだったということがよく起こっています」と岩波先生。
ASDだと診断された人の中には、もしかしたら「対人関係があまり得意ではないADHDの人」が含まれている可能性もあります。このように、発達障害の診断は非常に難しいといえます。
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取材・文/松澤ゆかり