「相手の気持ちが分からない」「その場の雰囲気を察することができない」「整理整頓ができず部屋中に物が散乱している」...。仕事や家庭生活でこんな悩みを持ち、「もしかしたら自分は『大人の発達障害』かもしれない」と考える人が増えているようです。以前は「発達障害」といえば子どもの疾患だと考えられていましたが、近年、大人になってからも症状が続くことが認識されるようになりました。テレビや雑誌などでも「大人の発達障害」として、「ADHD(注意欠如多動性障害)」や、ASD(自閉症スペクトラム障害)の一種である「アスペルガー症候群」などが頻繁に取り上げられるようになっています。
発達障害とはどんな疾患で、どんな特性があるのかなどについて、発達障害の診断・治療の第一人者である昭和大学医学部精神医学講座主任教授の岩波明先生に聞きました。
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●かつて「自閉症は親の養育が原因」といわれていた時代も
「それぞれの疾患によっても違いますが、発達障害は一定の遺伝的な要因があるのではないかと考えられています。ただし、原因となる遺伝子が発見されたという研究データはなく、まだはっきり分かっていないのが現状です。また原因の一つとして、他の精神疾患と同様に脳内の神経伝達物質の機能低下が推測されていますが、こちらもまだ確定する段階には至っていません」と岩波先生。
1970年代ぐらいまでは自閉症などのASDの原因について、「養育の問題だ」という考え方が主流でした。「親の育て方のせいで、子どもが自閉症になった」「しつけが厳しすぎたことが原因だ」などと主張されてきました。自閉症の子どもを持つ親は、育てるだけでも精神的、肉体的に大変だというのに、さらに責任までかぶせられていたのです。その後、養育の問題ではないことが明らかになりましたが、1990年代ぐらいまでは、養育のせいだと考える人もまだ多かったのです。
「いまでは、専門家たちによってこの考え方は完全に否定されています。自閉症などのASDは、『生まれつきの疾患で、養育の仕方は関係ない』ということが広く認知されるようになりました。同様にADHDも生まれながらのもので、親の養育とは関係ないのです」と岩波先生。
●発達障害の子どもが虐待されて「愛着障害」になることも
発達障害の子どもにはさまざまな症状が見られます。特にADHDの子においては、多動が目立つことがあります。絶えず動き回ったり、ちょっとしたことで泣きわめいたり、あるいは外出したときにすぐに迷子になったりして、手を焼く親も多いようです。ADHDの子は睡眠時間も短い傾向があり、親はゆっくり休めません。疲労やストレスが高じて、知らず知らずのうちに虐待に向かってしまうこともあるのです。
「私が診察していたケースで、ADHDで多動の子どもを持つ母親が、子どもの周りに画びょうを置いて動けないようにしていたことがありました。子どもが動けば画びょうが刺さります。多動の子どもと毎日接している母親が、追い詰められ苦しまぎれに行った『窮余の一策』ともいえるのですが、虐待と捉えられてしまうでしょう。発達障害そのものは、育て方やしつけの仕方に影響されることはありませんが、虐待的なことが重なってしまうと、愛着障害などの別の問題が起こりうることを知ってほしいです」と岩波先生。
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取材・文/松澤ゆかり