「不老」や「若返り」は人類が夢見る恒久の願い。しかし、老化学研究の最先端をもってすれば、それも夢ではないかもしれません。いまや、老化のコントロールさえも現実のものとなりつつあるというのです。生命科学博士の早野元詞氏が著した『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』より、エイジング研究の最前線をお届けします。
※本記事は早野元詞著の書籍『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(朝日新聞出版)から一部抜粋・編集しました。
エピジェネティック・メモリーの長所と短所
最近の研究成果により、「エピジェネティック・メモリー」も注目され始めています。エピジェネティック・メモリーとは、環境やストレスによって変化するエピジェネティックな修飾が、細胞内で長期間保持されたり、細胞分裂を通じて継承される現象を指します。
たとえば何らかの感染症に罹ったとします。体内ではその感染状態に対し、あらゆる対抗(= 活性化)が求められます。本来、速ければ速いほど良いのが、感染症に対する体内の活性化です。初めての感染の場合は、それなりに時間がかかります。ですが、すでに経験済みの感染症であれば、対応は速い。新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンの3回目のブースター接種と免疫機能強化もこれに当たります。「記憶T細胞」とも呼ばれるヘルパーT細胞では、感染症の記憶がエピジェネティックな修飾として生じ、それに応じて体内が回復されるからです。B細胞やT細胞は感染症に対応して抗体を作ったり、感染した細胞を排除する獲得免疫に分類されますが、「マクロファージ」(先天的に感染症へ対応する自然免疫)でもエピジェネティック・メモリーが存在するようです。また、エピゲノムは正確に次の世代の細胞へも引き継がれていきます。DNAそのものの変化ではなく、「どの遺伝子を使いやすい状態に備えておくか」、というファイティングポーズの維持といったところです。
ところが、です。ここが遺伝子の気まぐれ性ともいえるのですが、本来なら身体を守るはずのエピジェネティック・メモリーが、逆にダメージを与える場合もある。そんな事態も明らかになってきました。すなわちエピジェネティックな変化は、老化関連の疾患リスクを高める場合があるのです。たとえば、先述の感染から身を守るためのT細胞も加齢と共に機能が失われてしまい、感染症に対して弱くなってしまいます。T細胞の本来使うべきミトコンドリア遺伝子、いわば正しいT細胞へ分化するための遺伝子が使いにくい状態として記憶されてしまって、罹患のリスクを高めてしまうのです(*2)。
いわば、エピジェネティック・メモリーにも長所と短所がある。だから不要なエピジェネティック・メモリーを体内に生じさせないように、できるだけ感染症に罹らないように普段から心がける。これも、老化を防ぐ大事な心構えです。