「お前のカウンセリングを受けたい」介護で生まれた新たな親子関係/先に亡くなる親とアドラー心理学

親との関係を新しく始める

老いた親との生活や、介護においては、達成不可能な目標を立ててしまわないことが大切です。

介護を必要となった途端に親と仲良くなることは簡単なことではありません。

介護が必要となる前から親と仲良く暮らしていたのであれば、親と仲良くなることはむずかしくないかもしれませんが、そうでなければ、親と仲良くすることを目標として掲げ、それを実現しようとすることは、不可能ではないにしても困難でしょう。

介護に限らず一般的にいえば、人は過去を思って後悔し、未来を思って不安にかられます。

しかし、過ぎ去った過去に〈今〉戻ることはもはや不可能であり、〈今〉まだきていない未来のことを思い煩っても意味はありません。

確実にくると思える明日という日でも必ずくるとは限りません。

そのことに思い当たる経験をしたことがないという人は少ないのではないでしょうか。

介護において、親との過去はもはや存在しないと思うことはむずかしいかもしれません。

しかし、親との関係を新しく一から始めるつもりで関わることが必要です。

このことは過去において親との関係がよくなかったのであれば、そのことには今は目を向けないでおこうという意味でもありますが、それにとどまらず、親が子どもが気づく前から介護を必要としていたという事実に気づき、もっと早くに気づいていればよかったと後悔する場合も、そのような後悔を今してみてもどうにもならないということも意味しています。

そこで、これまでがどうであれ、これから親との関係を築いていくしかないわけですが、親と仲良くすることを最初から目標にしてしまうと、理想と現実とのギャップに悩むことになってしまいます。

最初は、大きなトラブルなく平穏に暮らすことくらいから始めるのがいいでしょう。

もともと親とはあまり口を利かなかったのに、そして口を開けばたちまち大喧嘩になったこともたびたびあったというのであれば、今、親と突然親密になるということは容易なことではありません。

ですから、達成可能なところから始めて少しずつ関係を変えていけばいいのです。

せめて同じ空間に穏やかな気持ちで一緒にいられるというようなことです。

私は父がまだ母を亡くした頃は、感情的なやりとりになるか、説教をするのでいつも辟易していました。

幼い子どもでも一緒にいてくれれば、父とぶつかることを避けることができましたが、二人になるとたちまち険悪な雰囲気になりました。

父と再び生きることになっての最初の目標は、父と一緒にいられるということでした。

実は、父がこちらに帰ってくる十年ほど前、父のほうから私に接近してきたことがありました。

突然「お前のやっているカウンセリングというのを受けたい」といいだしたので、月に一度ほど父と会って、父の話を聞きました。

父のカウンセリングをしたわけではありませんが、若い頃と違って少し距離を保ちながら冷静に話ができるようになっていたことは、父の介護を始めるにあたってはよかったのですが、それでもたまに会うのと毎日長い時間顔を合わせることには大きな違いがあるといわなければなりません。

【次回】「外に出られなかった!」介護と事故と戸締り/先に亡くなる親とアドラー心理学

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「お前のカウンセリングを受けたい」介護で生まれた新たな親子関係/先に亡くなる親とアドラー心理学 172-c.jpgアドラーが親の介護をしたら、どうするだろうか? 介護全般に通じるさまざまな問題を取り上げ、全6章にわたって考察しています

 

岸見一郎(きしみ・いちろう)
1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)、『老いた親を愛せますか?』(幻冬舎)、『老いる勇気』(PHP研究所)、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。

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『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学』

(岸見一郎/文響社)

介護に勇気を与えてくれるアドラー心理学! 親の尊厳は保ちたいけど、介護に忙殺されるのもつらい…。親の介護が必要となったとき、それまでとは違った「親子関係」を築いていくことになります。じゃあそれって、いったいどんな関係がいい? 自身の介護経験を基にアドラー心理学の探究者が、介護に起こるさまざまな問題を“哲学”していきます。

※この記事は『先に亡くなる親といい関係を築くためのアドラー心理学』(岸見一郎/文響社)からの抜粋です。
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