新型コロナウイルスが都心に集中して拡大した影響を受け、経済アナリストの森永卓郎さんは「今回急速に広がったテレワークが定着するようになれば、大都市を捨てるという選択肢も加わり、人生100年、どこで暮らすか考える機会に」と提案しています。定期誌『毎日が発見』の森永さんの新連載「人生を楽しむ経済学」からお届けします。
40坪の小さな畑でも作業は膨大
新型コロナウイルスによる自粛要請が長引くなかで、私自身のライフスタイルも大きく変わりました。
生放送対応のため、週に2~3日、東京に出かけるほかは、ずっと埼玉の家にいます。
40年前に就職してから、初めての経験です。
図らずも、定年退職後の生活を疑似体験することになりました。
自粛生活で暇を持て余しているという人も多いのですが、私はとても忙しい日々を過ごしています。
晴れた日には畑に出て、雨の日は博物館(編集部注・森永さんが館長を務めるB宝館、プロフィール参照)で展示物の整理をしているからです。
今回は畑のことを書こうと思います。
私は2年前から群馬県昭和村で、ミニ農業をしてきました。
仕事があるので、多いときでも週に一度しか出かけられないのですが、プロの農家が畑の整備と苗や種の準備、そして農作業のあらゆるアドバイスをしてくれるので、10坪くらいの狭い畑でも、家族では消費しきれないほどたくさんの収穫がありました。
ところが、今年はコロナウイルスの影響で県間移動の自粛が求められるなか、昭和村の畑に行けなくなってしまいました。
そこで妻が近所の農家に頼み込んで、20坪ほどの畑を借りられることになりました。
その後、もう一カ所、近所に畑を借りられることになったので、合計で40坪になりました。
本物の農家がやっている面積と比べたら、とてつもなく小さな規模ですが、それでも作業は膨大です。
鍬一本で畑を耕し、石灰を入れ、堆肥を入れ、最後に肥料を入れていきます。
これが結構な運動で、作業が遅々として進みません。
半分ちょっと終わったところで、畑を貸してくれた農家が、耕運機を貸してくれました。
そのおかげで、私の1週間分の作業量が、わずか1時間で終わってしまいました。
農家がなぜ農業機械を欲しがるのかよく分かったのですが、鍬一本の作業も捨てがたいものがあります。
筋トレの代わりになるからです。
その後、整備した畑に、農協やホームセンターで野菜の苗を買って植え始めたのですが、自粛期間に野菜作りをしようと考えた人が多かったようで、良い苗が手に入りにくくなりました。
そこで、種から育てることにしました。
腐葉土を入れたポットに大豆の種を植えて、苗を自宅の庭で作ったのですが、ポットの数に限りがあったので、3分の2くらいの種は畑に直播(ちょくはん)しました。
ところが、自宅の苗は順調に育ったのですが、畑の方は一向に芽を出しません。
なぜだろうと不思議だったのですが、原因が分かりました。
ある日の夕方、畑の数株の大豆から芽が出ていました。
ところが翌日の早朝、畑に行ってみると、新芽は跡形もなく消えていました。
鳥に食べられてしまったのです。
豆類は、発芽した当初はまだ「豆っぽい」ので、鳥の楽園の畑では、格好の餌食になってしまうのです。
鳥は、相当賢くて、落花生の種も5粒植えたのですが、そのうち4粒は掘り返されて、食べられてしまいました。
その他、正体不明の動物に畑を掘り返されるやら、キャベツが片端から虫に食われるやら、農業は動物との闘いでもあります。
それだけではありません。
肥料や水が多過ぎても、少な過ぎても駄目ですし、大雨や強風が来たり、病気が出たりと、ありとあらゆる困難が立ちはだかります。
それらの困難を克服しながら、最後に収穫までたどり着いたときの喜びは、山登りにも似ています。
地域社会が楽しくなる共通の話題
私が近所の畑を始めてからいちばん変わったのは、近所の人とのコミュニケーションが増えたことです。
畑をいじっていると、通りかかった近所の人が声をかけてくれるのです。
日々育っていく作物の変化を見るのは、彼らも楽しみのようで、話がはずみます。
また、私の畑の周りは、定年後のサラリーマンを中心に、私と同じようなミニ農業をしている人がたくさんいます。
彼らは育て方のアドバイスをしてくれたり、種や苗をくれたりします。
作物も、「たくさん採れたから」と言って、分けてくれます。
また、よく「畑を借りるときにいくら地代を払っているんですか」と聞かれるのですが、地代なんてありません。
農家にあいさつに行ったり、たくさん採れた作物は持っていったりするだけです。
つまり、資本主義が存在しないのです。
定年後の楽しみで畑をやっている先輩たちに、なぜ畑をずっとやっているのか話を聞くと、農業の面白さは2つあると言います。
一つは、思い通りにならないことです。
自然が相手ですから、いくら習熟していっても、自分の思い通りになるのは、せいぜい3分の2くらいだといいます。
うまくいかないからこそ、いろいろ知恵を使って、柔軟に対策を講じないといけない。
そして、手をかければかけるほど、作物が育っていきます。
もう一つの楽しみは、全部自分で決められるということです。
サラリーマンの時代は、思い通りにできないことばかりです。
給料は我慢料だと言う人もいます。
それと比べると農業は、全て自分の考えでできるので、楽しいのです。
そのほかにも、早寝早起きが身に付きますし、適度な運動にもなるので、とても健康的です。
老後の生活設計に農業を組み入れてみてはいかがでしょうか。