親などの介護に奮闘することで、仕事を辞めてしまう「介護離職」。しかし、介護をきちんと続けるには、「自分第一で考えること」が重要だとされています。そこで、介護支援の専門家・飯野三紀子さんが執筆した、『仕事を辞めなくても大丈夫! 介護と仕事をじょうずに両立させる本』(方丈社)から、仕事を続けながら介護と向き合う方法について、連載形式でお届けします。
最初は誰でもパニックになる
介護と仕事を両立させるには、最初のボタンをきちんとかけて、状況の変化に応じて、ボタンをひとつひとつ正しくかけていくこと、それにつきます。
それを阻むのは、時間と自由の欠乏で陥るトンネリング、ジャグリング(行動経済学の用語)の弊害。そして起こるパニック、否定、被害者意識、焦燥など、あなたとあなたの周りの負の心理です。
この原理や心理を知りましょう。介護離職をする時期は介護が始まってから一年以内が多く、男性52%、女性56.1%となっています(2014年、明治安田生命福祉研究所とダイヤ財団調査)。両立のボタンをきちんとかけるのは、半年以内が勝負です。
パニック時期とは、介護初動の半年ですから、このときの混乱した気持ち、行動をあらかじめ知っておけば、パニックから手早く抜け出せます。だいたいの方は、パニックから抜けて初めて、落ち着いてプロから情報収集できるようになります。それからやっと、いますべきこと、するべき順番がわかってきます。
介護で疲労困憊してしまったのはなぜか?
ある方は、50歳のときに、お母さんの介護に直面しました。「民生委員からの電話で、あわてて新幹線に乗り、家に帰ったら、いつの間にか実家はゴミ屋敷状態になっていました。母親は、やせ細り、目の光を失っていて、『母さん大丈夫?』と聞くと無表情のまま『どちらさま?』と言われたときはショックでした」「ああ、こんなになっていたなんて。なぜもっと頻繁に来なかったんだ、と自分を殴ってやりたいぐらいでした」と、そのときのことを振り返ります。
隣県からかけつけた叔母は、「こんなになるまでほうっておいて。なにしてたの?親の面倒みるのは子の務めでしょ」と怒るばかり。「誰かここにくるか、引き取って面倒見なきゃ」と叔母に責め立てられて、とりあえず、弟に連絡して引き取れるか聞くと、「急に、そんなことを言われても」と喧嘩腰です。
その方は思わず、「もういい。俺が面倒見るから!」と言ってしまいました。散乱するゴミ、汚れた家、異臭、やせ細り混乱している母親、それは日常を、根底からひっくり返すような光景でした。
「どうしよう、なにから手をつけていいんだろう。とりあえずなにか食べさせ、風呂に入れ、家をかたづけなくては。それにしてもどこに鍋釜があるんだ、風呂はどうやって沸かすんだ。そうだ、近県に住む叔母さんにきてもらおう。おかゆぐらい作ってくれるだろう」と叔母さんに来てもらったら、叔母さんに怒られ、弟に電話して相談しようとしたのに、喧嘩になり、弟と決裂してしまって。最も協力しあわなければいけない兄弟が、介護のスタートで仲たがいしてしまい......。
どこが、いけなかったのでしょう?初動の間違いは、ひとりで問題を解決しようとしまったこと。無意識の三つのとらわれ(職場に家庭の事情を持ち込んではいけない、家族介護が一番、介護のカミングアウトは恥ずかしい)、そして焦燥が原因です。お母さんをよく知る、近所や地域の相談者、第一発見者の民生委員の方に援助を求めなかったのは、身内のことだからという「恥の意識」があったからです。
また、いきなり弟に、「面倒を見られるか」と電話してしまったのは、弟なら介護に協力するのは当たり前だと思う、「家族が一番」というとらわれからです。
突然、家族の介護に直面すれば、誰でも混乱します。会社では、日頃冷静な判断をし、的確な指示を出し、危機にも泰然としていられる部長でも、皆に親しまれている心暖かい女性社員でも、何の心の準備もなく、突然、身内の介護を必要とされる状況に直面すれば、必ずパニックに陥ります。
パニックになるのが普通、と理解してください。初動の段階では、客観的に状況を判断できる専門家の目が、必ず必要になります。しかるべきところに相談し、専門家の意見を聞くことが大切なのです。
今回の場合、民生委員から連絡があったのですから、その民生委員に立ち会ってもらっていれば、母親の普段の状態と現在との比較や、近所づきあい、見守りに協力的なひとがいるか、などの大切な情報を聞けたでしょう。
民生委員の方に協力をお願いしていれば、自治体や、ソーシャルワーカーのネットワークを通して、地域包括センターのケアマネジャーが応援にきてくれたかもしれません。ひとり暮らしの高齢者の救出の方法は、地域でマニュアル化できていることが多いのです。
地域包括センターの職員や専門家は慣れていますから、母親を緊急保護して、ショートステイなどで身の安全を図りつつ、相談にのり、介護の方法を教えてくれたはずです。
母親が保護された場合ですが、プロの介護者が入浴させてくれ、栄養士が母親にあった食事を提供してくれ、必要なら医師の診察も手配してくれたでしょう。ひとりで悪戦苦闘するよりも、お母さんにとっては、そのほうが、ずっと安心できたはずです。
こんなとき、プロがはいれば、話は次のように展開していたはずです。
1、しかるべき施設に連れていって、母親の安全を保ちつつ、ケアマネジャーと面談。
2、相談員に、「介護と仕事を両立したい」と自分の意思を伝え、相談する。
3、母親の意思、希望を聞く。民生委員から、元気なときに、お母さんが、どんなことを話していたかといった情報をもらう。
4、具体的な介護の方法を検討する。
・介護保険を使ってしばらくひとりで自宅で暮らせるか?
・ショートステイと、週末に子供が帰宅しての介護を組み合わせ、母親が家で暮らすことが可能か。
・施設入所する場合、この地域でか、住んでいる地域でかを検討。このときに、介護保険についての説明を受け、介護保険を使うための介護認定の取り方、ケアマネジャーの決め方など具体的な手続きを教えてもらう。
ここまでやって、初めて、なにから手をつけたらいいのか、見えてきたはずです。
「がん終末期」「認知症」といった状況の違いも踏まえ、13章にわたって介護問題の原因と対策がまとめられています