「妊娠・出産・育児」をすっとばして、いきなり「介護」が始まった! 離れて暮らす高齢の義両親をサポートしている島影真奈美さん。40代にさしかかり、出産するならタイムリミット目前――と思っていた矢先、義父母の認知症が立て続けに発覚します。戸惑いながらも試行錯誤を重ね、いまの生活の中に無理なく介護を組み込むことに成功。笑いと涙の介護エピソードをnoteマガジン『別居嫁介護日誌』からご紹介します。なんとなく親の老いを感じ始めた人は必読!
こんにちは、島影真奈美です。義父(当時89歳)から電話がかかってきて「空き巣被害を警察に届け出た」と告げられた前回。どうやら現金や通帳が見当たらないようです。しかも話はそこで終わらず、義母からは「知らない女性が出入りしている」という訴えまで飛び出ました。一体、何が起きているのか。困惑しながら、ふと思い出した話がありました。
前の記事「知らない女性が義実家に勝手に出入り? これは単なる空き巣話でないと直感/別居嫁介護日誌(2)」はこちら。
唐突に終わった義母との電話。窓から女性が入ってきて、天袋をすり抜け、2階に上がっていく......って、どんなホラーだよ! 夫の実家では一体、何が起きているのか。私はうっすらパニックになりながら、少し前に、ライターの仕事で出向いた取材現場で聞いた雑談を思い出していた。
「認知症にもいろいろあってね、もの忘れはそんなに目立たないんだけれど、"見えないものが見える"という症状が出るタイプもあるの」
当時、私は「片付け」をテーマにした本を担当していた。久しぶりに訪れた実家がすさまじく散らかっていたら、認知症の予兆の可能性がある。でも、親の許可を得ないで勝手に片づけるのは禁物。親がいやがっているのに、子どもが勝手な判断で片づけると、親子関係にヒビが入るだけではなく、症状を悪化させることもある。では、どうすればいいのか? そんな話を、高齢者介護に詳しいベテラン看護師さんに教えてもらった。
取材が一段落したとき、ふと話題にのぼったのが「見えないものが見えるタイプの認知症」の話だった。
介護施設で暮らす、ある高齢女性は毎週水曜日の朝になると、「もうすぐあの方がいらっしゃるから、お茶を入れてくださいな」と職員に頼むという。
彼女はお気に入りのテーブルで、弾んだ声でおしゃべりをしながら一日を過ごす。職員が「今日はどなたがいらしてるんですか?」と尋ねると、「幼なじみなの」と答える。さらに、小声で「初恋の相手よ」と付け加える。「いいなあ、うらやましい」と職員に言われると、頬を赤らめる。
面会時間が終わると、彼女は名残り惜しそうに、彼を見送る。そして、クスクスと思い出し笑いをしながら、自分の部屋に戻る。職員はテーブルの上に置かれたふたつの湯呑みを片づける。一方の湯呑みには、今朝用意したお茶が手つかずのまま、残っている。
「なんとなく想像ついた?」と、看護師さんがいたずらっぽく笑う。
「もしかして、"見えないものが見える"って、その初恋の彼ですか?」
「そう。周囲からは、たったひとりでテーブルに座り、延々と独りごとを言ってるようにしか見えない。でも、ご本人は、大好きな初恋の人と楽しくおしゃべりをしている。この、実際には存在しないものが見える症状は『幻視』と呼ばれるんだけど、何が見えるのかは人によっても全然違っていて。子どもや動物が見えるという人もいれば、虫や幽霊の姿に悩まされる人もいるの」
願わくば、見て楽しいもの、会いたい人に出てきてほしい。初恋の人が現れて、優しく寄り添ってくれるなんて、最高じゃないか。そう笑いあって、取材を終えた。
義母が訴えていた「自宅に出入りする見知らぬ女性」は、まさに、あの幻視というヤツなんじゃないか。ということは、すでに認知症が始まっている......?
帰宅した夫に、義母との電話の内容を報告した。言葉を慎重に選びながら、認知症の心配があることも伝える。意気消沈するかと思った夫は「マジか!」と笑っていた。そして、のんびりした声でこう続けた。
「まあ、親父もおふくろもいい年齢だし、そういう話が出てきても不思議はないよ。でも、あわてて結論づけるのはやめよう。突然、おふくろが霊能力に目覚めた可能性もゼロではないから」
空き巣、認知症に続いて、まさかの霊能者説が浮上した。
●今回のまとめ
・「認知症」と一口に言っても、その症状はさまざま
・"見えないものが見える"のも認知症の症状のひとつ
・ただし、認知症が原因ではないこともあるので素人判断は禁物
【次のエピソード】「勝手に住み着いて、カーディガンを持ち去る。不審な40代女性が見えるのは義母だけ⁉
最初から読む:「自宅のお金がなくなってるの...」義母から「夫を疑う」突然の電話が...?/別居嫁介護日誌
イラスト/にのみやなつこ