「引退後、お金がないと楽しめない?」森永卓郎さんが解説【2023年に読まれた記事第3位】

早いもので、2023年もまもなく終了。月刊誌『毎日が発見』に掲載され今年配信された多くの記事の中から、3番目に多く読まれた人気のコンテンツをご紹介します。


【編集部注】本記事は雑誌『毎日が発見』2023年6月号の掲載のコラムを転載しています。当時と情勢が変わっている部分もありますので、ご了承ください。

定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、「人生を楽しむ知恵」についてお聞きしました。フランスでは年金の支給開始年齢の繰り延べで大規模なデモが行われていますが、フランスよりも厳しい年金改革を行われている日本はどうでしょうか。

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ずっと働き続ける理由とは?

3月からフランスで大規模なデモが続いています。デモの参加者は延べ数百万人にも及び、警察官との衝突や暴動まで発生して、一部では1968年の五月革命に匹敵するとまで言われる大騒動になっています。

フランス国民が怒っている理由は、マクロン大統領が、年金の支給開始年齢を現行の62歳から64歳へと繰り延べる年金制度改革を発表したことにあります。もともとフランスの年金支給開始年齢は65歳でしたが、1981年にミッテラン大統領が60歳に繰り上げました。ただ、平均寿命の伸長によって、2010年のサルコジ大統領の時代に62歳へと繰り延べられたのです。今回は、それをさらに2歳繰り延べるというのが、マクロン大統領の掲げる年金制度改革になっています。

日本では、厚生年金の男性の支給開始年齢は、もともと60歳でしたが、2013年から支給開始年齢の繰り延べが始まり、2026年からは65歳になります(※1)。その後さらに70歳への支給開始年齢の繰り延べが行われるとの観測も出ています。フランスよりもはるかに厳しい年金制度改革が行われているのに、日本ではデモもストライキも起きていません。

「日本人は勤勉だから、働き続けることに抵抗がないのだ」という見方もありますが、働き続けている私の同世代の話を聞くと、楽しいから働いているという人は少数派で、大多数は、年金だけでは生活できないので働き続けています。好きでもない仕事を最低賃金レベルの報酬でやっている人も多いのです。

若者はどう考えているのかを知りたくて、Z世代(※2)の論客として有名な大空幸星さんに将来の年金制度について尋ねてみました。彼は、「もはや年金だけで老後を過ごせる時代は終わった」と言って、生涯働き続ける覚悟が必要だと答えました。

※1 女性の支給開始年齢の繰り延べが始まったのは、2018 年から。2031年からは支給開始年齢が65 歳になる。
※2 1990年代後半から2010年代に生まれた世代のこと。

お金がないと何も楽しめない?

それでは、フランスを含む大陸ヨーロッパの人たちは、なぜ早期引退に強くこだわるのでしょうか。実際、フランスを含む大陸欧州の人たちは、一日も早く引退しようとします。なかには年金支給開始年齢の数年前に会社を辞めて、その後、失業保険で食いつなぎながら年金支給開始年齢を待つという強者がたくさんいます。私は、彼らが「お金をかけずに」人生を楽しむ知恵を身に付けているからだと考えています。

私は、父の仕事の関係で、小学4年生をオーストリアで、5年生をスイスで過ごしました。当時、驚いたことは、授業期間中であるにもかかわらず、親が有給休暇を取って、子どもに学校を休ませて、家族で遊びに行くことでした。何か特別なイベントがあるのかと思って聞くと、たいていの場合は、キャンピングトレーラーを自家用車で引っ張って行ったり、所有する質素な別荘に出かけるということだけでした。ゆったりと、何もせずに、自然のなかで過ごすというのは、人生で大きな楽しみです。もちろん、自然を楽しむためには、花の名前を知っていたり、雲の名前を知っていたり、動物の行動を知っていたり、山菜の食べ方を知っていたりと、さまざまな知恵が必要です。

ヨーロッパの人は、小さいころからそうした知恵を積み重ねてきているからこそ、一日も早く引退して、人生を楽しもうとしているのだと私は思います。

もちろん日本人も休日は楽しんでいます。ただ、その楽しみ方は、テーマパークに行ったり、有名な観光地に出かけたり、おいしいと評判の飲食店に出かけるといったパターンがとても多いような気がします。そうしたところに出かければ、楽しいに決まっています。楽しいように作られているからです。ただ、そのことと引き換えにお金がかかります。お金がなければ、何も楽しめないのです。

私は、現役時代はともかく、高齢期には、お金をかけて楽しみを得るというライフスタイルは転換したほうがよいのではないかと考えています。そうしないと、いつまでもお金に追われて、やりたくもない仕事を続ける羽目になってしまうからです。

私は8年前から、埼玉県所沢市で私設博物館を運営しています。私の博物館は、普段の暮らしのなかに存在した食品のパッケージとか携帯電話機とか、おもちゃなど60種類のアイテムを、この100年ほどの歴史を追って展示しています。お客さんの特徴は、それぞれ興味のあるモノが違っていて、関心のある展示の前でずっと時間を過ごすことです。

ある日、高齢者団体がやってきました。一人の女性がずっと椅子に座っていたので、私は声をかけました。「どうしてずっと座っていらっしゃるんですか」という私の問いに彼女はこう答えました。「ここには見るべきものが、何もないからね」。私のコレクションは、興味のない人には何も響かないことに改めて気付かされました。ただ、興味を持つのは、いつからでも始められます。早期引退してでもやりたい興味をみつけることが、老後の幸せに結びつくのではないでしょうか。

 

森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』(角川新書)がある。

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『増税地獄 増負担時代を生き抜く経済学』

(森永 卓郎/KADOKAWA)

968円(税込)

現在の税金、社会保険制度を徹底的に検証。これからやってくるさらなる増税時代への対処法を解説しています。

この記事は『毎日が発見』2023年6月号に掲載の情報です。

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