定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、「トカイナカ再考」についてお聞きしました。
魅力的なトカイナカの2つの街
私は、埼玉県所沢市の西部にもう37年も住んでいます。
最寄り駅から東京駅までは、乗車時間だけで約1時間、家を出てから都心の用務先までは90分くらいかかります。
都心からそれくらい離れると、自然も豊かで、物価も安いです。
人付き合いも、田舎ほど濃密ではなく、大都市ほど疎遠ではありません。
何もかもが、ほどほどなのです。
また、生活する上で最大のメリットは住宅価格が安いことです。
私の家は駅から少し離れているので、地価は坪当たり50万円ほどです。
都心と比べたら10分の1の値段です。
当然、都心に住むよりずっとゆったりとした間取りの住宅を確保できます。
そこで、私は自宅と同じような距離感の地域を「トカイナカ」と呼んで、そこでの生活の快適性を訴えてきました。
ただ、最近、2つの地域をみて、トカイナカの範囲をもう少し遠くまで広げてよいのではないかと思うようになりました。
関心を持った街の一つは、埼玉県のときがわ町です。
秩父の入り口に位置し、人口は1万人あまり、温泉もあり、町内を清流の都幾川が流れていて、最近ではキャンプ客に人気を博しています。
ときがわ町に出かけたのは、ノンフィクション作家の神山典士さんが『トカイナカに生きる』(文春新書)を上梓され、その出版記念イベントに呼ばれたからです。
神山氏は、ときがわ町の古民家を改装したトカイナカハウスを運営し、自身も東京とときがわ町の二拠点生活をしています。
町内唯一の鉄道駅である明覚から東京駅までの乗車時間は、日中だと約90分、片道運賃は1130円です。
私は37年間東京への通勤をしてきて、いまの場所が限界だろうと考えてきたのですが、ときがわ町から毎日東京に出かけることは厳しくても、週に1~2回なら十分可能だと思ったのです。
そして、私が一番驚いたのは、ときがわ町の地価です。
坪当たり5万円と、我が家の10分の1なのです。
この地価だと、百坪買っても500万円で済みます。
土地が百坪あれば、高い自由度で家を建てられますし、太陽光パネルも屋根につけられます。
南側に十分な家庭菜園を取ることもできますから、エネルギーと食料のかなりの部分を自給できるのです。
私は徒歩数分のところに畑を借りているので、頻繁に通うことができるのですが、給水設備がないので、家からポリタンクに入れた水を運んでいます。
畑が自宅の敷地内なら、ホースを使って散水できるので、とても楽なのです。
私が関心を持ったもう一つの街は、ニッポン放送の番組で、地域おこし協力隊の方が出演してくれた千葉県の勝浦市です。
外房の御宿と鴨川の間に位置しており、人口は1万6千人あまりです。
透明度の高い海水浴場と大型スーパーもあり、生活に不便はありません。
この街の最大の特徴は、観測開始以来百年以上猛暑日がないという涼しさです。
勝浦沖がすぐに深い海になっていて、そこから海風が吹いてくることが、涼しさを支えているそうです。
東京駅から勝浦駅までは、特急わかしおで90分前後です。
特急料金も含めて片道運賃が4千円前後かかるのが玉に瑕ですが、月に数回東京に出かける程度なら負担できない額ではありません。
勝浦市の地価は坪10万円程度と、ときがわ町よりも高くなっていますが、それでも海の見える家に住むことが可能になりますし、朝市で豊富な海産物を手に入れることもできます。
今回は、東京圏の話をしていますが、中京圏や関西圏であれば、もっと短い移動時間で、同じような環境の街に住むことが可能です。
高齢期を迎えたら、毎日出勤する必要がなくなるので、環境を優先して終の住処を選ぶことが十分可能になるでしょう。
「全国どこでも居住可」という企業が増加中
そして、現役世代のうちから、行動できる可能性も高まってきました。
リモートワークが社会に定着しつつあるからです。
例えばNTTグループは、7月から全国のどこでも居住可能な制度「リモートスタンダード」を始めました。
当初は、グループの主要会社の本体従業員の半数に適用される予定です。
その他、従業員が居住地を自由に選択できるようにした企業は、メルカリ、ヤフー、ミクシィ、セガサミーホールディングス、ディー・エヌ・エー、アクセンチュアなどがあります。
IT企業ばかりじゃないかと思われるかもしれません。
確かにIT系は、仕事をオンラインでできる可能性が高いので、そうなっているのですが、他業種でもIT関連の仕事をしている部署では、居住地の自由が得られる可能性があります。
また、今後、人工知能やロボットが普及していくと、製造作業や事務作業はそれらがやることになりますから、人間がやる仕事というのは情報システムやコンテンツの作成などに集中していきます。
つまり、居住地を選ばない仕事が今後の主流になっていくのです。
だからいまこそ、どこに住処を構えるかを真剣に考える時代がやってきたと言えるのではないでしょうか。